馬鹿琴の旅立ち

独り言を綴っています。主にお城や史跡がメイン。時にはお相手して下さい。

鉢形城に登ってきました

2025年9月14日鉢形城に登ってきました。

100名城の18番目、4回目くらいです。今回も所要で上京した折での登城。

場所はこんなトコ。

所要ついでで、車でお邪魔しております。

14時半ごろ鉢形城歴史館の駐車場に到着しました。

まずは歴史館に参ります。

ここを入ると左手が歴史博物館。入場料は200円でした^^

北条氏康の四男北条氏邦さんが小田原籠城戦の時の城主なんです。

また室町時代においては山内上杉家を裏切って、関東の暴れん坊となった長尾景春さんが籠ったお城でもあるのですよ。

長尾景春さんのことは、石神井城攻城記と超意訳南総里見八犬伝第二十二回に触れられています。

御城印GETです。

結構展示物があります、見て行きましょう。

鉢形城は上野、信濃、武蔵の狭間にあり、武田、上杉との最前線にあるのです。

後北条氏は関東攻略のために一族を各地に配置しています。

もし情報取集力に長けていて、秀吉に臣従していたら、その後はどうなっていたのでしょうか。

まあ、プライドが許さなかったのかもしれませんが。

赤丸印が鉢形城の場所です。

行ってみたら分かりますが、荒川の上流に面しており、天守のない犬山城的な雰囲気を味わうことができます。

山中城にあった障子掘り、ここでも一か所だけ見ることができます。

では外に出て、お城に向かいましょう。

歴史博物館を出て、荒川支流沿いが渓谷っぽくなっています。

ちょっとしたキャンプ気分で散歩ができます。

博物館側を眺めるとこんな感じ。深い谷底感満載です。

先ほどの階段を上がると、いきなり土塁がテンコ盛りです。

ほうらあちら側にも。

愛称氏邦桜ですか……樹齢400年かな?え!まさかの150年!!

こりゃまたビックリ( ゚Д゚)

二の曲輪発見です。

この辺りは原っぱ状態で、外では車がビュンビュン走ってます。

高台になっており、下を見下ろすと空堀があります。

一か所ある障子掘りがきっとこれです。分かりづらいですが。

土橋がありますが、簡単には向かえません。

先に本曲輪のある方角へ向かって転身します。

土の城にもようやく石垣が発見。しかし低くて小規模なものが幾つかあるだけです。

これは近年、整備の途中で組んだものでは?

作家田山花袋の漢詩ですって。

襟帯山河好、雄視關八州、古城跡空在、一水尚東流とあるそうですよ。

この石碑の向こうが荒川です。結構な高台でほとんど崖ですよ。

田山花袋石碑そばにある本丸城址碑。

氏邦さんはこの辺りに居館を構えていたんでしょう。

滔々と流れる荒川。岸辺ではBBQや水遊びに耽る家族連れが見られました。

お城の北側の果てに来ました。低い石垣がこちらにも見られます。

この図面では一番右端に到達しています。

歴史博物館は左端の南側。

外に展示されている鉢形城のジオラマ。

この辺りは笹曲輪とも呼ばれています。

鉢形城の城址石碑を発見、逆光の中です。

今度は戻って三の曲輪方面へ行ってみます。

馬出しと言われても原っぱ。痕跡は特になし。

しかしまた低い石垣を見つけましたよ。こ、これは!

復元された四脚門。もっと近づいてみましょう。

丁寧に再現されています。この辺りが虎口なんですって。

門の向こうには石積土塁がありました。

一方反対側は通路と思いきや排水溝。

蓮の池は実は庭園跡ですか。

あずまやも完備されているのです。

疲れたらお休みもできますよ、まだ暑いですもんね。

あずまやから四脚門と石垣を望みます。

井戸。中は埋められていました。

先ほどの橋がこちら。

実はこの高台は馬出しだなんだそうです。しかし私には分かりません。

曲輪に見えてしまいました。

高いのです。

障子掘りが見えますでしょ、こちらからの方が分かりやすいです。

諏訪神社。

この辺りも馬出しです。しかし分かりません。

鉢形城の中を横切るJR八高線です。

東京都の八王子から群馬県の高崎を結ぶ一都二県を跨る列車です。

 

さ、お城をほぼ一周しましたね、戻りましょう、でわ。