馬鹿琴の旅立ち

独り言を綴っています。主にお城や史跡がメイン。時にはお相手して下さい。

超意訳:南総里見八犬伝【第二十四回 軍木、仲立ちをして村長に説く/蟇六は偽って神宮に漁をする】

 話が変わって、陣代簸上宮六は、先に村長蟇六の娘浜路を見初めた時から、恋焦がれてしまっていた。寝ても覚めても浜路のことを忘れられず、誰か仲を取り持ってくれないだろうかと考えていた。その考えが顔色に現れた様子で、陣代に媚びて威張っていた部下の軍木五倍二が、他に人がいない折を見て、上役にこう言った。
「人間という者は思いが顔色に出るものです。顔に出れば余人も知ってしまうものです。私、近頃、陣代殿の顔色を見て、既にその思いをお察しいたしました」
 中々に言うものである。
「意中の人はきっと大塚の蟇六の娘である浜路のことでございましょう。大臣貴族の姫君であれば難しいこともございましょうが、陣代殿配下の村の長、その娘でございますので、そんなに気苦労は必要ございません。もし妻として娶りたいということであれば、私が媒酌いたしましょう。一度伝えましたら、蟇六は喜んでお受けなさるに違いありません。お考えはいかがでしょう」
 と囁くと、宮六はにっこりと笑って、
「本当のことを言えばお主の言う通りだ。しかし浜路は蟇六の一人娘で、しかも婿に決まっている者がいると聞いた。たやすく引き受ける訳がない。私はそう思ったから悩んでいたが、お主に怪しまれてしまったのだな」
 そう言うと、軍木五倍二は膝を進めて、
「それは陣代殿、遠慮が過ぎましょう。蟇六は配下の村長、倒そうとも起こそうとも陣代殿の御心ひとつに掛かっています。」
 煽るのである。
「ですから婿に決まっている者がいると言っても、すぐに考えを改めて、今回の婚姻を結ぶと思います。もし遅々として迷うならば、これは自滅を招くだけです。私、利害について蟇六を説けば必ず従うと思います。ご安心ください」
 勝ち誇ったかのように言うので、宮六の機嫌は斜めにならず、ただ喜ぶのだった。

 次の日、陣代簸上宮六は、様々な贈り物を七八人の召使いに運ばせ、軍木五倍二を媒酌の使者として密かに蟇六の家に遣わした。五倍二は蟇六のもとに行って対面し、陣代簸上宮六の要望の趣き、つまり浜路との婚姻について述べた。ひたすらに説き勧めたが、蟇六は早々に返答をしなかった。
「まずは愚妻に相談して参ります。ともかくもお待ちください」
 と言って退出し、五倍二が待つこと半時あまり、ようやく蟇六が戻って来た。
「結婚のご媒酌の件、浜路の母に伝えました。いろいろとご配慮をいただいております代官の簸上様からご丁寧にも浜路を娶りたいとの仰せ、しかもまた軍木様による丁重な媒酌をいただき、我ら親子にとりまして僥倖でございます。しかしながら、ひとつだけ難題がございます」
 軍木は鼻でせせら笑い、蟇六の言葉を聞いている。
「犬塚信乃という者がおるのです。妻亀篠の甥でございますが、昔からの様々な事情がございまして、幼き時から養っております。実は浜路と夫婦にし、村長の地位を譲ると約束しているのです。当時の証人はたくさんおります」
 軍木の顔色を伺うから、蟇六の話し方がせわしないものになる。
「いえ、元から信乃を婿にするのは私たち夫婦の願いではありませんし、また浜路も望んではおりません。ただ里の者たちが強い望みでそうなったので、やむを得ないことでございます。ですので、信乃を遠ざけますので、その後にこのお話をお受けしたいと思います」
 と言ったものの、軍木五倍二は嘲笑って、
「村長の言われることは疑わしいのう。もしそういう話があったとしても、一通り聞いてはみたが、両方に取り繕っている様に思われる。簸上殿への婚約を結びたいというのが嘘ではないのであれば、先に確かな承諾の返答をするべきであろう。その後で婿とやらを遠ざけても遅くはあるまい。不肖ながら、私はこちらの地域の役人なのだ」
 軍木は勝ち誇った顔になった。
「陣代殿のために媒酌人になったのに、いい加減な返答などできるはずもない。迷っているのであればそれはお主の事情、神罰が速やかに訪れるであろう。今ここで決着できないというのか、さあ、どうするのだ」
 そう脅されて蟇六はたちまちに顔色を青くし、歯を震わせてしまい、答えようとしてもできなかった。ようやく我に返って、思わず大きく息を吐き、
「軍木様、おっしゃることはもっともでございます。私、才もなく愚鈍ではございますが、再びは得がたき娘の結婚、どうしてご辞退ができますでしょうか。ただその差し障りがある旨を申し上げただけでございます」
 とうとう蟇六は愛娘を売ってしまったに等しいことを言ってしまった。
「ですので、その差し障りを穏便に取り除くことは簡単ではございません。これは私たち親子のためだけではなく、後々まで簸上様のためでもございますので、苦心して図ります。まずはその結果が分かるまで、婚姻のことはご内密になさってください。決して仰せに背くつもりはございません」
と言うと五倍二は表情を和らげて、「言われることは分かった。早速のご承諾は、私にとっても面目が立つというものだ。性急に思われるかもしれないが、吉日なので、陣代殿より送られた結納の品々がある。お持ちしよう」と言いながら、蟇六に目録を渡した。部屋の外にいた軍木の若党は、主人の咳を合図に贈り物を運び入れ始めた。所狭しと縁側にまで一つ一つ並べていった。
 蟇六は、それを左から右までずっと見て、胸が騒ぐ思いがしたが、断ることもなく、受取りの書面を書いて五倍二に渡した。
 喜びの盃をすすめようとして召使いを呼ぶ蟇六を、五倍二は急に止めて、
「まだその障害を取り除いてもいないのに、祝い酒に時間を掛ければ、家の者に知られて後に面倒なことになってしまう。簸上殿もどんなに待ちわびておられるだろう。美酒の饗応はしばらく預けるとして、早く失礼することにする」
 と言って身体を起こし立ち上がった。蟇六は分かりましたと返答し、敢えて軍木五倍二を止めずに、うやうやしく額を床につけて、
「お忙しいこと至極、遺憾千万でございます。再度のご来臨まで、酒宴はお預かりいたします」
 と述べた。

 その後は先導して、玄関の板の間まで見送りを行い、蟇六という名に恥じぬよう平身低頭して、肘を張り、頭を上げて、
「誠に幾久しく、千秋万歳」
 と互いに祝い、祝われた。家に残る花嫁の舅と仲人は、開いた扇に夕日の光を映した。
 土用の日が近づく俄か晴れであったが、進物を積んだ長櫃を運ぶ従者たちは、強く吹く風に苦労しながら、主人の後をついていった。

 蟇六は最後まで見送ってから屋敷内に入ると、立ち聞きをしていた亀篠が突然襖を開けて入ってきた。たくさんの贈り物をあごで数えていると、自然と笑みが浮かぶ。

「何とめでたい結納なのかしら」
 と言うと、蟇六は手を上げて、
「声が大きい、誰か人が聞いているかもしれん。浜路と信乃に知られるな。この品々には大きな風呂敷きを掛けておいてくれ。お前はしばらく見張り番を頼む。私は土蔵へ運んで、長櫃の中に隠しておこうと思う。手間が大変だが」
 と告げた。
 焦燥気味の夫の口調に、亀篠は急いで風呂敷きを数多く持って品々の上に被せた。蟇六は袴の裾を摘んで袖を巻き上げ、愛娘にも見せられない結納の品たちを見つめた。花嫁よりその親が喜ぶ酒樽、母親が密かに喜ぶ昆布、和名はひろめ、さらにするめよりも重宝する鰹の干し物など、それらは特に高価なものではなかった。
 特に代官が気を張った物は、飾りつけの白い麻よりもなお白い白金であった。しかも新品の二十枚、これと並んで着物が五枚あった。
「綾の織物ではなく、錦の織物かしら」
 と品を定めながらも、細かく見る暇もなかった。
 白木の台は必要ないと思っていたので、土蔵には置かれなかった。二人は両手左右に結納の品を持って土蔵の入り口を出たり入ったりするうちに、だんだん心配になってきた。
 自分たちの物であるにも関わらず、夫婦はこれから蔵から盗む賊になった気分で、出入りする度に、
「誰か見ていないか、誰かこっちに来ないか」
 と耳を澄ませ、
「誰も来ない」
 と言い合った。おうむ返しの歌ではなく、腰が折れんばかりに疲れながら足を使い、どうにか隠し蔵に納めることができた。

 今自分は長い夏の日であったので、召使いたちは屋敷内のあちこちで眠りこけ、浜路は納戸でただ一人、洗った服を伸ばしていた。信乃は父と母の菩提寺へ詣でると先に出て行ったが、まだ帰ってはいなかった。ただ額蔵だけがどこにいたのか、蟇六が例の品々を土蔵に運び隠した後、客座敷の次の間で単衣の襟を開いて蚤を潰していた。
 そしてその夜、村長夫婦は寝床に入って横になりながら、簸上宮六の婚姻のことを小声で相談し、恐ろしいことに信乃を喪わせるための計略を練っていた。
 亀篠は腹這いになりながら、枕に手を伸ばしてこう言った。
「ここまでめでたいことがあるとは、神ならぬ身では分かりませんでした。私がかねてから思っていたのは、例の網乾左母二郎は管領家に仕えていた時、禄をたくさんいただいた出世人だと聞いていました。また様々な理由で浪人になったけれども、何かの縁があって、そう遠くないうちに鎌倉に召し抱えられる、と自分で言っています。彼が浜路を見る眼には、好意があるのが分かっていました。この様な田舎には稀なる美男子ですので、浜路も遂には信乃のことを忘れて網乾と訳ありの関係になれる、とは教える訳ではありませんが」
 亀篠は考え深く続けた。
「少しでも情けを掛けておけば、網乾が帰参する時には、何かしらの利益があるでしょう。将来は分かりませんが、浜路と信乃の間をせき止める障害となるものは、親の視界を超えて、網乾の網が浜路を繋ぎ止めてくれるのかと思っていました。しかし網乾の言っていることはどうも頼りなく聞こえます」
 亀篠も本心からは信用できないと思っているのだ。
「男ぶりは良く、美男子なのですが、召し抱えられるのか、それとも放逐されたままなのか、元から行方の定まらない痩せ浪人と、勢威のある城主に等しい陣代殿とは、比べるものではありません。残念なことをしました」
 と舌を鳴らすと、蟇六は寝床から立ち上がって手をこまねき、
「よくよく考えると、浜路は今どきの女子に似ず、格言に言う馬鹿正直な娘だ。信乃を夫と思い定めて、操を立てかねない。性格から考えると、例え左母二郎が袖を引いたところで、気持ちは変わらんだろう。しかしお前は私よりも見たことや聞いたことがあるのか、浜路が網乾とどうにかなりそうなところを」
 と小声で聞くと、亀篠は首を振って
「いや、網乾こそ気がある様ですが、浜路は何とも思っていない様です。信乃との仲は、忘れもしません。去年の秋、糠助が死ぬ前の話ですが、信乃の部屋から浜路が慌ただしく出て来るのをちらと見たのです。それから後は油断せずに見ていましたが、最近は見掛けません。しかし、大分前に関係してしまったのかもしれません。とにかく邪魔になるのは信乃ただ一人だけです」
 と言うと、蟇六はため息を吐いて、
「村の百姓たちめが口やかましかったせいで、当座しのぎの出まかせに、浜路と信乃を夫婦にすると言ってしまったことが悔しい。本当に口は災いの元だ。そう言えば門の檜の木は一年で十尋(15メートル)も二十尋(30メートル)も伸びると言うが、先に伸ばすのが難しい陣代の性急な婚姻の要望をどういたそうか。速やかに信乃を失わせて、今後を安泰にした方が良い。何か手立てを考えよう」
 と恐ろしいことを言い、眉を寄せた。しばらくの間、首を傾けて考え込んでいた。

 蚊帳に取りつこうとする蚊の叫び声とともに、遠い寺の鐘の音が三つ、四つ、六つ、七つ鳴った。もはや屋敷の人々は寝静まり、夜は九つ(午前零時)を迎えた。
 しばらくしてから蟇六は頭を上げてにっこりと微笑み、
「亀篠、良い考えは思いついたか。私は妙計が浮かんだぞ」
 と言うと、亀篠は起き上がって
「どんな考えですか」
 と聞きたがり、亀篠の耳を引き寄せて、蟇六は妙計を語り出した。

 考えてみると、信乃は大変思慮深い男だ。信乃を上手く計略に掛けるには、苦肉の策でもなければ難しい。そもそも先の鎌倉公房足利成氏殿は、犬塚番作、信乃たちの主筋である。それを使わせてもらおう。
 
 さて、足利成氏殿は持氏殿のご子息であり、昔、結城落城の後に討たれた春王と安王の弟である。成氏殿はいまだ永寿王という名前であった1452年、宝徳四年の春、京都の将軍のご赦免を受けて鎌倉に立ち返り、六代目の鎌倉公方となった。
 しかし、重臣の管領、扇谷持朝殿と山内顕房殿とは仲が良くなかった。君臣同士が戦うこと数年、1455年享徳四年六月十三日、あるいは1455年康正元年に、足利成氏殿は遂に鎌倉の御所に火を放ち、下総国に逃れ、猿島郡古河の熊浦というところに館を構えて移り、そこを古河の御所であると唱えた。
 だが、1472年文明四年になると、山内顕定殿に古河の城を攻め落とされ、足利成氏殿は千葉に没落し、千葉陸奥守康胤を頼った。今年、1478年、文明十年には両管領との和睦の議が整い、古河へ帰城なさったというのが世の中の噂である。
 今、私はこのことを利用して信乃をいろいろと言い含め、神宮川に誘い出そうと思う。お前は明日、昼の間に密かに左母二郎の家に行き、いろいろ準備をするのだ。この計略が上手くいけば、あの村雨の宝刀を手にすることができる。これは苦肉の策でなかなかに難しいが、こうでもしなければどうしてあの手強い奴を騙すことができようか。
 あの宝刀を我が手に入れれば、また額蔵にいろいろ言い聞かせて、どこかの路上で信乃を殺してしまおう。首尾良く私の思う通りになって、浜路を陣代に嫁がす時には、左母二郎が文句を言ってくると思う。奴が怒って私たちの邪魔をしてきたら、陣代の簸上殿に訴えて、捕まえてもらうのも簡単なはずだ。ただ一番難しいのが信乃だ。必ず気づかれないようにしなさい。
 
 蟇六は妙計を小声で説明した。それを聞いた亀篠は夫に感心して、
「本当に危険な策だけども、あなたは若いころから泳ぎは達者でした。老いては若いころに劣っても、船頭に駄賃でも渡して、もしもの場合には助けを頼むように言っておけば、過ちはないでしょう。陣代を婿に取れば、村々のことはもちろん、私たちは城主様のようになれるでしょう。ああ、楽しみだこと」と、手のひらを口に押し当てて小声で話し、互いの耳に囁き合った。
 話しているうちに、夏の夜は明け方近くになり、次第に蟇六も亀篠も欲望の夢に疲れ果てて、腕を枕にまどろんでいった。

 そして次の日、亀篠は未の刻(午後二時)を過ぎたころ、里の不動堂にお参りをするなどと偽って、一人裏門から外に出た。そのまま密かに左母二郎の家に行き、外から様子を窺った。手習いの生徒たちはすでに帰っていて、歌曲の教え子はまだ来ていないようだ。この家の主人は柱に寄り掛かり、短い笛の一節切(ひとよきり)を吹いていた。
 良い機会だと思った亀篠は家に入ると、気づいた左母二郎は笛の手を止めて、「これは珍しい、何かの風に吹かれて自らお越しとは。さあ、こちらへ」と迎え、花模様の入ったむしろを引いて上座に座った。
 それを見た亀篠はにこやかに、
「いえ、人に聞かれたくないお話があります。あなた様のお知恵をお借りしたくて、一人内密で参りました。外に注意してください」
 と言った。網乾はそう言われたので、客間のすだれを降ろし、そのまま奥に進んで亀篠の間近に耳を寄せた。
 亀篠は低い声で、
「本当は言いにくいことですが、あなた様が浜路を好いていること、私は前から気づいていました。若い人たちには誰にもあることで、恥ずかしいことではないのですよ。無視したりはいたしません。婿にしようかとも考えたのですが」
 と続けた。亀篠は左母二郎の反応を見ながら話を進めた。
「いかんせん、浜路と信乃は幼い頃からいろいろあって、里人たちに媒酌されて将来夫婦になることが決まっているのです。今さら反故にはできないのです。村長殿も本心ではあなた様を愛しており、信乃がいなければ婿にしようと家も継がせようと考えているのです。信乃は妻の甥でありながら、昔からの恨みがある番作の子供ですので、自分のためになるものではありません。どうにかして信乃を遠ざけ、あなた様を婿にしようと前から言っていました。そのためにいろいろと考え、信乃をよそに行かせることにしました」
 恐ろしいことを言う伯母であった。
「ついては、信乃が幼い時に婿になったための引き出物として持たせた村長殿の秘蔵の一振りの刀のことです。この世に類いない名剣を取り返そうと思いましたが、あまりあからさまに求めては返すべきものも返ってこないでしょう。ですから計略を考えました。あなた様もそれに合わせて、村長の別の刀を使って信乃の持っている宝剣とすり替えてはくれませんか。もちろん用意する刀も長さをきちんと計って用意しますので、鞘が合わないということはありません。上手くいけば、この上ない幸いですが、あなた様のために計らいましょう」
 嘘と真実を取り交えて、言葉巧みに作り話をすると、左母二郎はじっと聞きながらも恥ずかしそうな顔色になっていた。額に手を当て、しばらく考え込んでから、頭を上げて他に人がいないことを確かめてから、
「私のことを信用なさっていなければ、こんな秘密をどうして軽々しくお話しして下さるはずもありません。承知しました。とにかく私はお嬢様を思っているわけではありませんが、俗に言う鮑の貝の、つまり片思いと同じで、あの方は私につれないのですよ。それを私が好いているなどとおっしゃるのは、お眼鏡が曇っているというものです。それに」
 と続けたところで、亀篠は興味を持って聞いた。
「私が無駄骨を折って、首尾良く太刀をすり替えたとしても、お嬢様が依然としてお気が強く、私につれないままでしたら、あなた方ご家族もどうしようもないでしょう。このことについてはどうお思いになりますか」と見通しを聞くと、亀篠はほほえんで、「愚かなことを、頭が良いとは思えませんね。信乃がいなければ、浜路は誰に遠慮するというのでしょうか。娘が靡くのも靡かないのも、すべてあなた様の心次第ですよ」
 と挑発的に言った。
「後は私と村長の知るところではありません。親が許さない男に連れられて逃げ出す者もこの世に多いのです。親が婿に決めた後に仲が睦まじくなるのか、そうでないのかは、その家の中の舵を取る夫の才覚にかかっています。これはこの世の若者のことです。私の眼には訳ありと見えるあなた様と浜路のことは、皆様がこれから妬む姿が見えるでしょう。決心してください」
 池の中で波にうねる浮草を船頭が竿指して掻き分けても、いずれ元に戻って一つになる様に、と笑うと、左母二郎は頭を掻き、「良く聞けば、言われることは道理です。後のことは後にして、まず重要なことは太刀のことです。簡単なことではありませんが、命に代えて努めましょう」
 と答えた。
 この返事に亀篠は大変喜び、更に額を近づけて打ち合わせた。その日の合図、ことの首尾について、漏れの無いように囁き合い、うなずいて、時間をたっぷりと掛けた。
 それを終えると、亀篠は忙しそうに別れを告げて走って出て行った。すぐに家に戻ると、蟇六にことの次第を報告した。
 蟇六は深く喜び、ひたすらに妻の口上の上手さを褒めちぎり、
「こうなれば、信乃を計略に掛けるのは簡単なことだ。面白い、面白い」とほくそ笑んだ。

 こうして日が暮れたころ、蟇六と亀篠は信乃を人気のない部屋に呼んでこう言った。
「前に里の誰彼が、お前と浜路を結婚させろとしばしば催促してきたが、豊島家の滅亡により去年は世間が静かではなかったので、本意ではなかったが伸ばすこととなった。しかし今年は古河の御所、足利成氏殿と二人の関東管領の和議が整い、千葉から古河の熊浦へご帰城なさったと聞いた」

 信乃の祖父、大塚匠作は、足利成氏殿の兄上である春王と安王両公の近臣だった。従って、番作も父とともに一旦、結城に籠城した。その結果、古河の御所はお前にとっては主筋であるものの、山内上杉や扇谷上杉の両家と不和になり、鎌倉を追い落とされた。古河にすら身を置けなくなり、千葉家を頼ってみたものの、当城の主である大石殿も鎌倉に出仕して両管領に従っている。
 古河殿、つまり足利成氏殿は言いたいこともあるはずなのに、おくびにも出さず、何も言われなかったそうだ。
 今年は和議が整い、世の中も穏やかになり、道も広く通りやすくなった。大塚の家を興すのは、今この時ではないか。常日頃から私が思っていることを言おう。
 それは何かと言えば、お前が立身出世の手段にするものは、村雨の宝刀の他にはない。これを持って古河のお城に行き、その由来を述べて先祖の忠死を訴え、その宝刀を献上すれば、必ずや召し抱えられるだろう。
 そしてお前が古河に仕えたならば、私は遠からず浜路を送り遣わそう。また古河に仕えず、この村に帰ってきたならば、お前を婿養子として披露し、職禄を譲るとしよう。そうすれば、大石殿もお前を村長にしない訳にはいかない。必ずや他の家中の上に登らせて、ひょっとすれば陣代になれるかもしれない。私もお前のおかげで、面目が立つというものだ。

 蟇六の話が終わると、亀篠もそばから言った。
「私たち夫婦には男子がいない。力を頼むのはそなたのみ。だからそなたのために悪いことなど言うはずもない、どうか分かって欲しい。六月の度は大変だと思いますが、古河というところはそんなに遠くはありません。善は急げと言いますから、早く決心しなさい」
 とまことしやかに勧めた。
 軍木五倍二が簸上宮六のために結婚の仲介をして、蟇六の家に結納の品を送ったことを信乃は知っていた。その日のことを額蔵が垣間見ており、信乃にそのことを告げていたのだ。
 今、また伯母夫婦が年来密かに手中にしたいと願っていた村雨の名刀を進呈せよと勧めるということは、つまり自分を追い出して、浜路を陣代簸上宮六に嫁がせる下心だと悟った。
 しかし、にっこりと笑って、
「不肖の私、ここまでお二人の慈しみをいただき、大変嬉しいことです。村雨の宝刀のことは両公達の形見でございますので、もし機会があれば古河殿へ捧げる様にと父も言っておりました。ですからこの件、お二人が言われなくても、私から申し上げてお二人のご命令にお任せしようと思っていました。その折からそのように言われること、幸いでございました。ことわざにもある通り、寸善尺魔、世の中には良いことは少なく、悪いことばかりが多いのですから、明日出発いたします」
 と言った。いかにもはやる言葉に伯母夫婦は大変喜び、
「急ぐ気持ちも私も同じ様に嬉しいのですが、明日ではあれこれ旅行の用意も整いません。暦もめくって、日柄が良いのは明後日です。明後日にいたしましょう。従者には背介か額蔵のうち、一人をつけましょう。ああ、めでたいことです」
 と賑やかに囃し立てると、信乃は
「ありがとうございます」
 と礼を言って、部屋の外に出た。

 自分の部屋に戻る途中、額蔵が庭の草木に水を注いでいるのを見かけた。良い機会だと思い、額蔵を招いて縁側で立ち話をし、今蟇六と亀篠に言われたことと自分の考えを急いで伝えた。すると額蔵はうなずき、
「真にご想像の通り、あなた様を下総に旅立たせて、例の婚姻を容易に執り行うつもりなのでしょう。ただおいたわしいのが浜路殿です。最近の女子にしてはご心情があります。あなた様のことを固くお慕いしているのを知りながら、それを突然お捨てになるというのは、仮にも結ばれたご夫婦の縁、後のお恨みはどうなるのでしょうか」
 と言った。
 さすがの信乃もため息をついて、
「人は木石ではないのだから、私だって思っていない訳ではない。女子というものは水性で心変わりが早く、寄るにも移るにも早い。私がここにいなくなれば、親の心に従うようになるだろう。大丈夫なもの、恋々として一女子に生涯を誤る訳にはいかない。再び得がたいものは時だ、ただ打ち捨てていくのみ」
 と言った。
 そう言えば額蔵もそうでございますねと答えて、二人は別れた。額蔵は庭を掃き清め、信乃は自分の部屋に戻って行った。

 やがて亀篠は脚絆、笠の紐と信乃の旅立ちの用意を始めた。浜路は気が進まないが、親の指図に従って二田山木綿の服を縫い、涙を包む様な袖に縞の筋を見つめた。
「我が身はここにいつまでいられるのか、糸の端の様に自分の運命は本当に結ばれる縁があるだろうか。早く夫となるべき信乃が帰って来る様にと、糸を返して縫い、一つ刺してはまた縫い、また胸には堪えきれない思いが溜まり、どうしようもない嘆きだけが残った。
 こうして次の日になると、信乃の旅の装いも大体整った。亀篠は信乃の部屋に来て言った。
「大切なお前様の心願、特別な、初めての旅です。人の力の及ばないのは愛嬌と厄難と言います。出発も明日と思えば時間がなくても、親の墓には参詣して、また滝野川の弁財天にでもお参りに行きなさい」
 信乃の返答は、
「両親の菩提寺には今朝お参りしてきました。滝野川の弁財天には、私が幼い時に母の病気の平癒祈願をしたことがあります。忘れてはいませんが、いつもは詣でることはほとんどありません。仰せに従います」
 と言ったので、亀篠は外を仰いで見て、
「急がないと帰りは日が暮れてしまいます。早く早く」
と急かした。信乃は衣服を改め、両刀を脇に挟んで早々に向かった。

 信乃はひたすらに道を走り、その日の申の頃合い(午後三時から午後五時)に弁天堂に到着すると、早速滝の水垢離で身を浄めた。その後、しばらくの間、神前で黙祷を捧げた。
 やがて弁天堂を出ると、道の途中の田畑で思いがけず蟇六が網乾左母二郎を伴っているところにばったりと出会った。老僕の背介は漁網を担いで、こちらへ向かってくるのだ。
 蟇六は一反あまり(約12メートル)先から呼びかけてきた。
「信乃よ、お前は心願があるから滝野川詣でをすると聞いていたが、ここで会ってしまったな」
 と言う間に、信乃は急いで笠を脱いで近づき、
「夕方ですが、これから漁に行かれるのですか。どこに行かれるのでしょう」
 と聞いた。すると蟇六は笑って、
「そのことだ。明日はお前の門出だ。餞別の酒の肴にでもと思って、あちこち聞いたのだが、どこの魚屋にもいいものがないと言う。仕方がないから、俄かに網を投げて明日の肴を捕ろうと思って、慌てて家を出たところ、網乾氏が我が家にやって来たので誘ったのだ。お前の用事は終わったのであれば、一緒に行こう」
 と先に立って歩き出した。左母二郎も会釈して、同行を勧める。

 これが蟇六が以前から計画していた奸計だった。亀篠に勧めさせて信乃を滝野川に詣でる様に外出させ、しばらくしてから蟇六は魚網を背介に持たせて家を出る時に合図を送り、左母二郎が家の門辺りから一緒に向かい、図らずも信乃に会うよう仕向けたのだ。
 ここまで計略をしなくては、疑い深い信乃を騙せないと思い、より念入りに謀った。
 信乃自身は忙しい折りだったので、漁をする気持ちにはなれなかったが、伯母の夫の底意までは分からなかった。ただ自分のために網を下ろして、惜別の宴をすると言われれば、同行するのも断れなかった。困りながらも一緒に歩き出し、神宮川の河原に向かった。
 蟇六は前から知り合いに船を借りており、一人の舵取りの土太郎という者を雇っていた。船に乗ろうという矢先に、
「忘れた」
と膝を叩き、背介を呼んだ。
「家を出た時急いでいたので、弁当箱を忘れた。お前、ひとっ走りして弁当を取って来てくれ。急げ急げ」
 と苛立ちを交えて命令し、すぐに戻らせた。
 蟇六はこのように嘘を言って背介を家に帰し、信乃と左母二郎と一緒に借りた船に乗り移り、土太郎が舵を取って川中へ漕ぎ出していった。
 蟇六は襦袢一つになり、腰蓑を身に着け、竹笠を被った。漁のために網を引っ提げて、舟の舳先に立った。左母二郎は茶を沸かそうと、小さな竈門に向かって柴の木を折り、火を起こしていた。
 蟇六は壮年のころから殺生が好みで、打ち下ろす網に掛かった獲物を板子の上に引き上げると、魚は左に跳ね、右に跳ね、手で掴むのが難しかった。

 やがて日が暮れ、十七日の月はまだ昇っていなかったので、船の中はしばらく暗かった。蟇六は前から得意だったので、楽しみながら網を打ち下ろしていた。ところが、ある時網とともに水中へ落ちてしまった。
 船の上の皆が驚いて騒ぎ立て、木の板を投げ入れたが、水面が暗くて場所が分からなかった。信乃は伯母の夫である蟇六が溺れるのを見るに忍びず、手早く衣を脱ぎ捨てて、波を開くように飛び込んだ。舵取りの土太郎も続いてざんぶと飛び込んだ。
 実は蟇六は若いころから水練が得意で、しばらく川底を潜った後、右手に絡んだ網の尾をほどいて流し、信乃が飛び込んだのを見て、すぐに浮き上がって溺れた振りをした。
 信乃は伯父を救おうとして、蟇六の手を取ると、蟇六もまた信乃の腕を掴んで離そうとせず、深みに引いて沈もうとした。
 土太郎も助けに来たが、蟇六を救おうとする振りをしながらも、本当は信乃を水中に失わせようとしていた。しかし信乃は幼いころから水練、馬の渡河、徒歩の渡河などに鍛錬しており、力も強かったため、足や手にまとわりつく土太郎を一反(約12メートル50センチ)あまり蹴流し、蟇六を小脇に抱え込んだ。
 頭上を見ると、船は遥か遠くに押し流されており近づけそうもないので、蟇六を抱いたまま左手だけを動かし、どうにか向い側の岸に泳ぎ着くことができた。蟇六は信乃の怪力に抱えられたまま、まるで鵜についばまれた魚に似ていた。
 観念した蟇六は水を飲まないように用心しつつ、おめおめと引き揚げられるだけだった。
 そのうち土太郎も泳ぎ着き、信乃と一緒に蟇六を逆さまにして、しばらく水を吐かせた。近くの小屋に運び、藁のたき火で暖めて介抱をした。その後、土太郎は流れていく船を追いかけて下流へ走り去って行った。

 

【苦肉の計、蟇六、神宮川に没す】

左母二郎、土太郎、蟇六の悪役軍団と信乃

 

 その間に、船上の左母二郎は示し合わせた通りに、船が流れて行くのを良いことに、川下に向かいながら信乃の脇差しの目釘を抜き取った。更に蟇六の脇差しの目釘も外し、双方を取り換えた。
 鞘に納めようとする瞬間、信乃の刀の柄から水煙が突然立ち昇った。それは、夏であっても左母二郎の衣を冷たく濡らせる稀世の名刀である。身の毛がよだった左母二郎は大変驚き、
「これが伝え聞く故鎌倉公方の足利持氏殿の重宝に村雨と呼ばれた名刀か。一度これを抜けば、突然水気が立ち、殺気を持って刀を振れば切っ先からほとばしる水がまるで梢を洗う村雨のごとく、と聞いた」
 と心の中で思った。
 更に良く見ると、この信乃の刀は噂の村雨と良く似ている。するとこの霊刀は、初めは蟇六が大切にしていたのを訳あって信乃に与えたというのは嘘で、実際には信乃の親、犬塚番作が春王、安王の両公達から預かったもので、例の村雨の宝刀に間違いない。

 これを元の主人である扇谷上杉の殿へ献上すれば、帰参する手立てになる。そうでなくても、売ってしまえばその値段は千金になる。蟇六などにはこの刀の焼刃や刃紋は見切れまい。宝の山にいながら、他人のものにしてたまるものか。

 独り言を言い、独りうなづいた左母二郎は急いで自分の刀の目釘を外して、蟇六の刀と比べると刀身の反りも長さも似ていることに、
「よしよし」
 と密かに喜び、慌ただしく自分の刃を蟇六の鞘に納め、信乃の刃を取って自分の鞘に納め、蟇六の刃を信乃の脇差しの鞘に納めた。どれも長さが合い、しっくりと来て見分けがつかない。
 そこへ土太郎が流れた船を追い掛けてやって来た。岸の夏草を掻き分けて
「なあなあ」
と呼ぶので、左母二郎は振り返り、櫂をおぼつかなげに操ってどうにか船を寄せた。土太郎はひらりと乗り移り、元のところに漕ぎ戻した。そのまま船を繋ぎ止めたので、左母二郎は陸に上がって蟇六の安否を尋ねた。

 犬塚信乃は若いが思慮才覚が常人を越えていた。
 片時も油断をしていなかったが、蟇六が水に落ちたのもそれは計略で、自分を溺れさせようと前から舵取りの土太郎と謀っていたのだと感じていた。従って、船中にいた左母二郎が村雨の名刀をすり替えるとは思ってもいなかった。

 船が近づくのを待ち、衣を取って身に着けると、何の疑いもなく両刀を取って腰に帯びた。急いでいた上に夜のことなので、刀身を抜き放って目で見ることもしなかった。残念なことに、親と子が長年守ってきた宝刀であっても、ほんの少しの油断によって、悪人の手に落ちてしまったのだ。

作者は言う。
 神宮村は豊島郡、今は王子村より北の方角の十七八町(約2キロ)くらいのところにある。ここには川があり、神宮川と言う。思うに村の名前から川に名をつけたのだろう。川の上流は戸田から流れ、千住に至り、隅田川を経由して海に流れていく。
 神宮の西の方角、豊島村の川沿いには、かつて豊島信盛の屋敷跡がある。今は地面が掘り返されていて、わずかにその跡が残っている。かつての長禄から長享年間の地図を考えるに、この川の南岸には尾久、豊島、梶原、堀内、十条、稲附、志村などの数村があり、神宮という村は存在しなかった。
 考えてみると、神宮は梶原が訛ったのだろう。現在「神宮」と書くのは故実ではない。そのため、神宮の旧名は「梶原堀内村」であるとされる。
 これは無駄な解説かもしれないが、この半頁に余白があったので、書いてみた。

 

(続く……かも)