馬鹿琴の旅立ち

独り言を綴っています。主にお城や史跡がメイン。時にはお相手して下さい。

超意訳:南総里見八犬伝【第二十五回 情を訴えて浜路は信乃を口説く/悪を告げて額蔵は主家に帰る】

 蟇六は、まるで水に溺れたかのように信乃に介抱させ、しばらくして目を開いた。手足を動かし、ようやく正気に戻ったように助け起こされた。
 自分の脈を取り、
「何とか私は再び生き返った。危なかった」
 とそばの柱にすがって立ち上がると、信乃は伯父の速やかな回復を喜び、一緒に川辺の小屋を出た。そこへ土太郎が左母二郎を乗せた船を近づけてきた。
 信乃は急いで衣をまとい、刀を腰に差す。
 左母二郎は蟇六の手を取り船に乗せ、無事を祝い、転落した時の話や苦闘の様子を尋ねた。最後は笑い話になるまで語り合い、船は岸を離れた。先ほどの転落に懲りたのか、もう網を下ろすことはなかった。
 船を対岸に着けさせると、蟇六は獲物の魚を魚籠に移し、余った魚は篠の枝に貫き、青い竹の真ん中に括り下げて、信乃と左母二郎の二人に両端を持たせた。
 二人が先に船を降りると、蟇六は腰の巾着に触れてから、わずかな捻り紙の駄賃を土太郎に渡した。それが今夜の働きに対する報酬だった。
 この土太郎は、川で漁をする船に臨時に乗って生計を立てていたが、住所不定の曲者で、以前から蟇六に言われて信乃を殺そうと企んでいた。
 蟇六と土太郎は、一町(約100メートル)先にいる信乃を時折見やりながら、何ごとかを囁き合った。
 また、先に歩く信乃と左母二郎は、後ろを振り向いて伯父と土太郎が来るのを待ち、二人がようやく追いつくと、連れ立って家路に着いた。

 見上げれば、十七日の月が出ている。そよぐ青田に風が渡り、夜道はかなり涼しかった。
 帰り道、何ごとか話しているうちに、蟇六は信乃たちに切り出した。
「今宵の怪我は、これまでの人生で類を見ない不覚だった。亀篠たちに知られたら、いつまでも文句を言われ、漁に行くのを禁じられてしまう。頼むから内緒に、内緒にしてくれ」
 と神妙な顔で言い、口を閉ざした。
 話している間に庚申塚の辺りまで近づくと、風呂敷を一つ背負って、前方からやって来る者がいた。提灯を持った男は間違いなく背介だ、と見て取った蟇六は呼びかけて、
「なぜこんなに遅くなった」
 と聞くと、背介は腰をかがめて、
「お弁当の準備ができていなかったため、こんなに遅くなりました」
 と答えた。すると蟇六は目を吊り上げて、
「こののろまめ、馬鹿者が。出かける時に台所の女たちに頼んでおいたのに、忘れてしまったのだな。今ごろ持ってきてもどうしようもない」
 と怒ったふりをして、皆一緒に里へ帰ると、すでに亥刻(午後10時ごろ)を過ぎていた。
 左母二郎は蟇六を家の門まで送りながら、夜が更けたので中には入らずにいた。信乃に丁寧に別れの挨拶を告げた後、翌日の旅立ちを祝って自宅へ引き返していく。

 しばらくの後、蟇六は召使いを一二名を呼び寄せて、獲物の魚を料理させた。煮たり焼いたりしているうちに、亀篠が温めた酒も良い具合になった。
 料理を終えた召使いを休ませると、夫婦は信乃を納戸に招き、古河までの付き人として額蔵を行かせることに決めたと告げた。そして休んでいた額蔵を呼び、信乃の酒を酌ませた。四人は車座になり、別れの杯を交わした。
 宴がたけなわになったころ、蟇六は亀篠に百匁ほどの銀を取り出させた。旅の費用にするようにと、信乃に渡したのだ。
 このような気遣いはこれまでになかった。
 旅立ちのこと、古河への道中についてなどを話し合っているうちに、夏の夜は短く、早くも丑三つ時(午前2時半ごろ)になった。
「少しの間だけでも眠らないと、明日の道中、体がつらくなりますよ。さあ、早くお眠りなさい」
 と言う亀篠の言葉を潮時に、信乃と額蔵は別れを告げて寝所に戻っていった。
 この時、召使いたちは皆ぐっすりと深く眠り込んでいた。浜路さえ胸につかえが差し、夕方から小さい座敷で横になっていた。

 そのころ蟇六は、神宮川で巧みに騙して信乃を水中におびき入れた話を亀篠に小声で話していた。妻は耳を傾け、一時間ほど笑顔で聞いていた。うなずき、笑い、丸行灯が照らすその影は、満月に踊る兎を連想させた。
 囁きながら蟇六は乾いた唇をなめては潤し、
「私はまた船に乗った時、左母二郎が目配せをして、うまくいったことを知らせてきた。奴はきっと、例の宝刀をすり替えたに違いない。明日でも良いのだが、待ち遠しいので一度見てみよう」
 と蝋燭の灯りを近くへ引き寄せ、刀の鯉口を抜くと、夜のことで刃の色ははっきりとはわからなかったが、良く切れる刀だと思われた。
 鞘の内から水が滴って畳の上に落ちた。露かと疑って蟇六は探り、匂いを嗅いで、
「不思議なことにこの刀、抜くと水しぶきが上がる。殺気を持って刀を振るえば、まるで雨が降り注ぐようだ。この奇跡があるからこそ村雨丸と名付けられた、と昔から聞いてはいたが、見るのは初めてだ。不思議だ、尊いものだ、めでたい、珍しい、珍しい」
 と称賛し、その滴りを何度も指に染めて額に塗る。夫の見よう見まねで、亀篠ももったいないとばかりに指先に拭っていただくその一滴こそ、実は。

 実はこれは神宮川の川の水なのだ。

 あの網乾左母二郎も奸智に長けていた。自分の刀と村雨の宝刀と蟇六の刀を入れ替える時、後で必ず蟇六が刀身を抜いて確かめることを考えて、その鞘に少しばかり川の水を注ぎ入れて、自分の刀と入れ替えたのだ。
 村雨の切っ先から水しぶきが滴るという伝説を装うための工作だった。
 それを知らずして、蟇六は天にも昇る気持ちで喜び、刃を納めて改めて額に戴き、
「三十年来待ち望んでいた村雨の宝刀、ついに我が手に入った。すべての願いが叶った」
 と唱えると、亀篠も念じて、
「ここまで願いごとが、思い通りになるとは。祝いの酒をもう一度お飲みください」
 と勧めると、蟇六は盃を取り上げて、
「今宵は大事だと思って、まだ酔うまでは飲んでいない。額蔵には秘密を話しておいたのか」
 問われた亀篠はあごを近づけて、
「そこに抜かりはありません。夕方に、信乃たちがいない間に額蔵を密かに招き寄せ、話をしましたら、それを額面通りに受け取って異論もなく、心得ています。信乃の相手には不足であっても、巧みに騙されてしまうと防ぐ手段はないと世間では言います。今はすべてに運が向く時ですので、大抵のことは上手くいくでしょう。もし額蔵の思惑通りにならず、返り討ちになったとしても、もう宝刀を巻き上げているので、こちらに損はありません。そうは思いませんか」
 と小声で告げる。
 蟇六はそれを聞いて、
「本当にそうだな。宝刀を手に入れる、信乃を追い出す。その上また策を弄して結果を求めるのは、後の面倒を片づけるためだけれど、信乃を仕損じても損はない。額蔵が殺されて、信乃が無傷だったとしても、また我々を疑って訴えることがあったとしても、以前から信乃と額蔵が仲が悪いことを皆知っている。だから額蔵は、私怨により信乃を殺そうとしたのだろうとなるだろう。私は全く知らなかったと言おう。このように弁明の際には言おう。万一の場合に活路を見出しておかねばな。思い過ごしとなるだろうがな。遠からず額蔵の良い知らせを聞くだろう。よしよし」
 と舌を打ち鳴らし、口に手を当てて飲む姿は、酒も甘いものも両方好きなようである。
「お前も飲むが良い」
 出された盃を亀篠は直ぐに受けた。

 外道の道を行く夫婦の神宮川での謀りには左母二郎による齟齬があったが、今は全てが順調だった。酒の肴を食い散らかして暴食し、しまいには茶碗に並々と酒を注いで、注がれて、一飲みする始末だ。
 二人は酒をあおり、調子良く拳を巻いては大言壮語を吐き、散らかった膳もそのまま片づけずに寝所に入ることとした。
 程なく聞こえてきたのは高いびきである。

 信乃はようやく寝床に入ったが、夜明けを待てずに独り、これからのことを考え込んでいた。自分の身一つは、誰も止めるものではないが、父母の眠る里から遠ざかることが名残惜しかった。

 同じ気持ちで不安でいっぱいの浜路も寝所を抜け出し、募る恨みを吐き出そうという思いに駆られた。両親のいびきを聞くと、目を覚ますこともなさそうだと察し、ただ衝動に駆られて、今後会えなくなるかもしれない人のほうへ足が向いた。
 人目をはばかり、心の中の迷いを乗り越えようと敷居を踏む膝は、音を立てまいと震えた。
 移ろいやすい浮世と思えば味気なく、悲しく、辛く、また恨めしい思い人の枕元に近づくと、当の信乃は誰か来ると感じて刀を引き寄せ、がばっと起き上がり、
「誰だ」
問うても返事はない。
「さては曲者か。私の寝息をうかがって刺し殺そうとでも思ったか」
 そのように疑い、油断せずに、行灯の灯を向けて、相手をじっと見れば浜路だった。部屋の端に動かず立ち尽くし、蚊帳の後ろでうつむいたままである。声を一切出さずにこみ上げる涙を耐え忍ぶ姿は、苦しそうだった。
 強敵の賊であれば恐れはしない立派な男ではあるが、相手が相手だけに信乃は騒ぐ胸を鎮めながら、蚊帳を出て、蚊帳を吊り上げていた紐を解いて寝床を片づけた。
「浜路は一体何の用があって、こんな夜更けに眠らずにここへ迷い込んできたのだ。瓜の畑で靴を直さず、李の木の下で冠を正すなというではないか。人から疑われるような行動をするな、ということわざを知らないのか」
 信乃が咎めると、浜路は恨めしげに涙を拭って顔を上げ、
「何をしに来た、なんてよそよそしい。言われる通り、形だけの許婚の間柄は、名前だけの縁で結ばれた仮の仲ですので、そのように言われるのも無理はありません。でも、一度は親の口から許された夫婦ではないですか。普段はともかく、今夜限りの別れとでも言ってくださっても、あなた様の恥にはなるまい。出て行くまで無関心で、ただの一言の慰めの言葉すら掛けてくださらないとは情けない。ひどい人です」
 と恨み言を言うと、信乃は思わずため息を吐いて、
「人というものは木石ではないのだから、さすがに情けを知ってはいても、厳しい戒めに身を置いているが故に、口を開いて言うことはできなかった。あなたの誠は私は知っている。しかし私の胸の内をあなたは知らない。古河はわずかに十六里(約64キロ)、三四日で行き来ができるのだから、帰って来る日を待っていてほしい」
 と慰めるように機嫌を取ろうとすると、浜路は目を拭い、
「そのようにお話しになるのは偽りでしょう。一度ここを出発されたら、どうしてお帰りになられるでしょうか。籠の中の鳥が空と雲を慕うのは、そこが居場所であり、そこが友だからなのです。ご立派な男子たるあなた様が故郷を出て行くのは、古河に禄がありそれを願うからでしょう。それにあの二人は」
 蟇六と亀篠のことだ。
「あなた様に愛情も憎しみも移りやすく、疎ましく思っているはずですので、今回の旅立ちもあなた様を送り出すものの、お帰りになるのを願ってはいません。出て行くべき人がここにいることを願っておりません。ですから一度ここを出られたら、いつお帰りになれるでしょうか。今宵こそ、今宵限りの別れなのです」
 決心したような顔だった。
「私には親が四人います。それはご存じでしょう。でも現在の親はそのことを教えてはくれません。ほのかに伝え聞いたことによれば、本当の親は練馬家の家臣で、兄弟もいるとのことですが、その名前も分かってはいません。それでも育ての恩を今更仇にしようとは思っていませんが、産みの恩もまた高く尊いものなのです。本当の親のことをどんなに知りたいと思ってみても、女子の身の上、人に言うこともできず、自分一人で思い悩み、眠れぬ夜の明け方に夢の中で神様に祈っていました。この様に思って過ごすのも苦しかったのに、去年の四月、突然に豊嶋家と練馬家が滅亡し、そして家中の者全員が残らず討たれたと噂を聞きました。それでは私の親も兄弟も生き延びてはいないでしょう。そう思うと哀しくて、どうしようもない嘆きで袖はいつも涙で濡れてばかり、育ての親にはこの憂いと苦労は隠してきました」
 頬に涙が伝わっていく。
「せめてあなた様に打ち明けようとしても、親も兄弟の名も知りません。討ち死にの跡で弔いをしようにも場所が分かりません。この世で夫となる定めのあなた様には何を隠しましょうか。煩わしい人の目が邪魔でしたら、函谷関の故事にならって、鶏の鳴き声の真似をして早く戸を開けてしまいましょう」

 古代中国斉の孟嘗君が函谷関を脱出する時、鶏の声がしないと開かなかったため、関所で足止めを食らい危機に陥った際、物真似の上手な配下が鶏の鳴き真似で開門させた故事を言っているのだ。

「早く打ち明けようと思いましても、その機会はなかなかなく、近づいても母様に見つけられてしまい、慌てて止めたのは去年の七月のことです。それから後は川がせき止められて水が絶えてしまいましても、地下を流れる水のように私の変わらない心は誠一筋です。朝となく夕となくあなた様が無事でありますように、世間に出てご出世しますようにと毎日祈っておりましたのに、ひどい仕打ちをなさるとは私の我慢にも限界があります」
 今度は怒りだった。
「妻を捨てて行くのが伯母上への義理なのですか。私が思う百分の一でもあなた様に誠があるならば、いろいろ故があって帰って来る日は決められない、人目を忍んで行こう、一緒に、と言われるのが夫婦というものであり、誰が浮気者などと非難するでしょうか。冷たい人、と思うほど離れられなくなるのが女子の誠、分かれた袂に捨てられて、あなた様に恋焦がれて死ぬよりも、どうかその手の刃にお掛けください。百年の後、冥土にてお待ちいたします」
 と信乃を必死に説得し、切ない恨みの数々を続け、泣き声をはばかりながら幾筋もの涙が袖に溢れていく。
 信乃はその声が外に漏れるのを心配したが、それは言えなかった。
 旅立ちや婚約の祝いの水を二人は結んだが、ここで縁をはっきりとしなくてはならない、と嘆いてため息を吐いた。そしてこまねいていた手を膝に置き、
「良いか浜路よ。お前の恨みは道理に適っていないとは言わないが、いかんせん、私のこの度の旅立ちは、伯母ご夫婦の指図によるものなのだ。本当は私を遠ざけて、お前に婿を取らせるためなのだ。初めから私はお前の夫にして、実はそうではなかった。言いたくはないが、伯母夫婦の本意を汲み取ってみたのだ。それを今更情に引かれて、お前を誘い出してしまえば、誰もが私をだらしもない不義者と罵るだろう。ここに留まりたくないのに、浜路、お前がここに残ってもらうというのは、即ちそれは私のためでもあるのだ。出発するのがつらくとも私がここを出て行くのも、お前のためでもある。たとえしばらく別れるとしても、互いに心が変わらなければ、また一緒になることもあるだろう。伯母ご夫婦が目覚めぬ間に、早く寝床に戻りなさい。私も気に掛けておくから、お前の本当の親について探したり調べたりして、行方を知る手がかりも分かるかもしれない。さあ、行きなさい」
 と諭しても、浜路は立たずに首を振り、
「一度濡れてしまえばずぶ濡れになっても構わない、の例え通りです。親に気づかれて、ここに来たことを咎められるのなら、私も申し上げたいことがあります。ただ一緒に、というあなた様のご返答を聞くまでは、生きてこの敷居の外には出ません。どうか殺して下さい」
 と思い詰めたか弱い乙女の身も魂も、部屋に座って動こうとしない。
 信乃はほとほと困り果てて、小声ながらも強い口調で、
「聞き分けのない子だ。命があれば時もあり機会もあるだろう。死ぬのが人間の誠なのか。今回ようやく伯母と伯父の許しをいただいた旅立ちの門出なのに、邪魔をするのであれば私の妻ではない。前世からの因縁なのか」
 そうたしなめても、浜路はいよいよ泣き沈んでしまい、
「私の心からの願いを遂げようとすれば、あなた様の邪魔になるとおっしゃる。そう言われるのなら手立てはもうございません。とにかく立場もない、私の身一つのことですから、思いとどまってここに残りましょう。道中どうかご無事で、折から日差しも厳しくなっていきますが、負けないで下さい。古河へ参られては名を挙げ、家を興して、冬の間、北山おろしが吹くころには風の便りに近況をお知らせください。筑波の山の彼方には無事にあなた様がおいでになる、と思うことで耐え忍びます。これから心細くなりますが、耐えられなければそれがこの世の別れ、まだ見ぬ冥土を探してしまうことになります。現世と来世の契りは必ず、どうかお心変わりをなさいませんように」
 と、はかないことを言い、願いごとは賢く見えても、まだ世慣れぬ乙女心が哀れだった。
 さすがの信乃もうなだれて、浜路を慰める言葉もなく、ただうなずくのみであった。

【菅原道真 鳴けばこそ 別れを急げ鶏の音の 聞こへぬ里の暁もがな】
額蔵 浜路 信乃

よよよと泣き崩れる浜路姐さん、少しメンヘラチックで怖い。

信乃もドン引きな浜路口説き(笑)

盗み聞きしてしまった額蔵くんも困り顔。

 

 その時、夜明けを告げる鶏の声が聞こえ、信乃は奥の間にいる伯母夫婦のことが心配になった。
「お二人が目を覚ますかもしれん。さあ、早く戻りなさい」
 と急き立てると、浜路はようやく立ち上がり、
「夜も明けば、きつにはめなでくたかけの、まだきに鳴きて、せなをやりつつ」
と伊勢物語の歌を引いた。
 その意味は、「夜が明けたら、あの阿呆な鶏を水槽にはめてやるからね。早く鳴きすぎて、愛しい人を起こして帰してしまった」というものだった。
「これは恋の歌の草枕で、旅を行く恋人との別れ、鶏も鳴かなければ夜も明けないということですね。明けなければ人の目も覚めません。ただ恨めしいのが鶏の鳴き声です」
 今度は清少納言の歌を引いた。
「世に逢坂のあう宵はあらで、許さぬ関はわが上に、在明の月ぞはかなき」
と、これ以上の逢瀬を許さない事情と、はかない身の上を嘆いた歌を口ずさみ、出て行こうとすると、外から咳の音がした。
「鶏が歌っています、まだお目覚めではありませんか」
 と呼び起こす声は額蔵だった。
 呼ばれた信乃が慌ただしく返答をすると、額蔵は台所へ下がったようだ。
「急いでこの間に」
 と、信乃は浜路を送り出す。
 瞼を泣きはらし、まだ暗い廊下から愛しい人の部屋を見返す浜路の目には、涙にかすむ戸しか見えなかった。紙張りの壁に身を預けながら、泣きながら寝所に戻るしかなかった。
 本当に悲しいことは、死別よりも生き別れなのだ。これに増すものはない。

 ああ、類まれなるこの乙女、いまだ異性とともに寝ず、深い契りの枕も並べず、しかしその思いは百年重ねた夫婦よりも勝っている。

 しかし信乃は情に魅かれて安易に心を動かさず、よく情愛に従い、男女の区別をつけて道理を守った。色ごとの迷いは、賢人も愚人も無差別なことが多い。この世の多くの少年たちは一度はこの岸に臨んで、溺れてしまう者も少なくないのだ。
 今ここに貞操を守る少年と乙女がいる。浜路の恋慕は好んで淫らなことを望もうというものではない。信乃のため息と嘆きは悲しみで傷つけるものではない。浜路の情愛は尚更のことであり、信乃のような者はますます稀なのである。

 閑話休題、この暁に、額蔵はいち早く起きて、火を起こし、水を汲み、朝飯の準備を終えた。信乃に朝飯を勧め、自身も食べて一緒に旅支度をしている間に、召使いたちも皆起きてきた。
 信乃と額蔵は早々に支度を整えて主夫婦の目覚めを待っていたが、明け六つ(午前六時)の鐘が聞こえてきても、当の主夫婦は昨夜の酒が醒めないのか、なかなか寝所から出てこなかった。
 今朝涼しいうちに出発したいと信乃は心が逸っていたが、伯母夫婦に一言の挨拶もなく出掛けるのはさすがに気が引けた。二人の寝所に行って、
「目を覚まして下さい。ただいま出発いたしますので、お暇いたします。信乃です、お起き下さいますか」
 と声高に呼び掛けると、蟇六はまだ夢心地で、
「行け、行け」
 と答えるばかりである。
 信乃は再び声を振り絞って、
「伯母上はまだお目覚めではありませんか。信乃が出立の暇乞いに参りました」
 と呼び起こそうとするが、亀篠もまた寝ぼけた声音で、
「行きなさい、行きなさい」
 と言うだけである。
 その返事を聞いたので、信乃は仕方なく家の外に出た。
 浜路はさすがに泣き顔を人々に見られたくなくて、とうとう出てこなかった。障子を小さく開けて見送りつつ、言葉もなく涙ぐむだけだった。浜路が見たのは、妻だけには分かる愛しい人の旅衣である。

 今、旅立つ信乃と額蔵を見送る召使いたちは慌ただしく、背介と一緒に門の外に出ていく。召使いたちは皆名残惜しく、それでも出発する二人を祝って、しばらくの間騒ぐのだった。

 しばらくしてから、夜遅くまで深酒して眠りについた蟇六と亀篠が、朝日がもう高く昇ったころにようやく起きてきた。
「信乃は」
 と問うので、
「もう明け六つ(午前六時)の鐘とともにご出発なさいましたよ」
 と召使いたちが言うと、夫婦は呆れて目を合わせ、失敗したと思いながらも、恥じる顔色も見せずに舌を打ち鳴らして、
「そうならそうで、お前たちはなぜ私たちに言わなかった。信乃もまた失敬な奴。仮にも旅立ちに挨拶もないとは、一体どういうことだ」
 と大きな声で叱るものの、
「いえ、信乃殿はご寝所に立ち寄られ、ご挨拶をなさいましたが、行け行けとお答えなさったではありませんか。さては寝言でございましたか」
 と一人が言うと、皆堪えきれず、どっと笑い出した。夫婦はいよいよ腹を立てて、
「お前たち、何が面白いのだ。とにかく信乃のことと言えば、持ち上げようとするな。そこいらを三度掃除をして、門へ浄めの塩花でも撒いておけ」
 と噛みつく蟇六が坂東訛りを咆哮させたので、まるで新緑のころの青嵐が吹き、鳴子を鳴らしたようだった。雀の群れが驚いたように、召使いたちも散り散りになっていった。
 その中で、浜路だけはこの日も病んで寝所から出てこなかった。死んでしまいたいと思ったかのように、箸を取って食事をすることもなかったので、蟇六と亀篠は大切な養女を死なせては、まざまざと宝の山、出世の架け橋が絶えてしまうと心配になった。
「鍼よ、薬よ」
 と騒々しく自ら娘の世話をする。それは本当の愛ではなく、野望と功利に満ちた似非祈祷なのだ。親の欲こそ、無残なものである。

 時に1478年文明十年六月十八日の早朝、犬塚信乃は、年来の宿願を叶える時が来て、額蔵を連れて下総の古河の御所へ赴こうとしていた。
 この年、信乃は十九歳、額蔵は二十歳になっていた。そもそもこの両名は既に義兄弟の契りを交わし、義を結び誓いを立てて、艱難辛苦をともに助け合い、苦楽は等しく分かち合おうと願っている。心は信義の郷にあるが、身体はまだ汚吏たる村長の家にいるので、人目をはばかって仲を悪く見せていた。額蔵は信乃の悪口を言い、信乃は額蔵のことを物の数とせず無視をしていた。
 このため、悪知恵に長けた蟇六も猜疑心の強い亀篠もまったく額蔵を疑うことはせず、密謀の席にも同席させ、今回古河に行く信乃の従者として遣わしたことにも、まだ別の企みがあったからだ。
 こうして信乃は額蔵の助けによって蟇六の害から免れ、この数年無事に過ごすことができた。一見簡単に見えるが、実はかなり困難なことである。

 仲の悪さを装ってみせても、実は本心ではない作りごとは、顔色に出て、また言葉に漏れて、ついには分かってしまうものだ。しかし、義兄弟であることを隠し、嫌々ながら我慢すること八九年、他人には知られないように振る舞った。それは知略のなせる技ではあったが、二人の信と義を神明が鑑み、また天の助けがなければ、どうして今日まで過ごすことができただろうか。

 そして額蔵はこの数年、密かに信乃の蔵書を借りて、儒教、歴史書、軍学書の類いを読み漁った。ある時は懐に入れ、またある時は草駕籠の底に入れて、平地に出る時も山林に入る時も持ち歩き、そばに人がいない時には必ず音読した。
 ただ文の道だけではなく、木を切る時には斧を持って太刀筋を試し、草を刈る時には鎌を持って薙刀の技を試みた。また、かかしが持っている弓を使って、弓の道もある程度習熟し、牧場の荒馬に乗って自然に騎馬術を会得することができた。
 それらの武道のことは他人に知られずにいたが、腕力が強いことだけは隠しようもないので、蟇六と亀篠たちにはわずかにそのことを知られている。従って、今回の旅立ちの途中において、信乃を刺すことを命じ、そして額蔵でなければ成功しないとその計略を明かしていた。
 しかし額蔵には、蟇六と亀篠から下された主命を信乃に明かす時間がまだなかった。

 こうして両雄は互いに先を進み、後ろを進み、里を離れようとした時、額蔵が言った。
「私の母の墓所は、この近くの畔の先の小高いところにあります。日を重ねる旅ではありませんが、墓参りしていきたいと思います。立ち寄っていただけませんか」
と誘うと、信乃はそれを聞いて、
「そうだね。私は昨日菩提寺へ参詣し、親の墓には別れを告げた。とにかくやることが多くて、君の母上のお墓参りを洩らしていた。すでに義兄弟の契りを結んでいるのだから、君の親は私の母も同然。参らないわけにはいくまい。では行こう」
 両人は連れだって、夜明けの鴉が空を渡るころ、田畑の畔を右の方へ三町(約330メートル)あまり進んだところに入ると、そこには注連縄を張り巡らした一株の榎の木があった。

 この辺りが額蔵の母の墓である。当時、額蔵の母が旅の途中で亡くなった時、村長の蟇六は哀れとも思わず、捨てるようにこの畔に埋めたので、墓石などを建てることはなかった。
 額蔵は十歳の時から粗末な母の墓を嘆き、墓碑を建てる手立てもなかったので、ついに一計を思いついた。準備をしてからある晩、密かに例の榎へよじ登り、一条の注連縄をその梢に掛けた。次の日、田畑を耕していた者が注連縄を見て驚き、怪しみ、周囲に言いふらすと、皆驚くのだった。

「これは驚いた。この樹に神霊が宿っているのか。ではこの樹の下にある土饅頭、亡くなった者が祠を建てることをお望みなのかもしれない。このような奇瑞が起きるのを見て、そのままにしておくと、必ずや祟りがあるかもしれない。早速建てることにしよう」
 と大騒ぎになって、地主はもちろん、近隣の百姓たちもそれぞれ少しの金銭を出し合って、土饅頭の塚の上にささやかではあるが祠を建立したのだ。また毎年春秋には注連縄を新しくして、榎を切ることなく大切に扱った。
 それを聞きつけた人々が詣でることも多く、誰からともなく、
「この神は婦人の病を癒やしなさる」
 と真剣に語るようになり、中には本当に祈って病が癒えた者もいた。従ってこの塚を行婦塚(たびめつか)と呼ぶようになったのだ。

【童子の孝行、旅魂を祀る】

額蔵くんこと壮助さんのお母様のお墓が観光名所になりました。

屋台(?)まで出ていますよ、きっと霊験あらたかなんでしょうね。

 

 こんなことがあったので、残忍無残な蟇六でさえも衆人信仰の応報を恐れ惑い、初めに祠を建てる時に金銭を出した百姓たちに米一俵ずつを送ることにした。
 孝子である額蔵の謀略は一点も違わずして、母の墓所を失うことなく、ついに田畑の畔の奥ではあるが祀ることができた。額蔵の母の亡き魂もさぞかし喜んでいると推し量られ、感慨深いものがある。これは年端も行かない子どもの知恵と、また親孝行の行為によって起きたことである。
 そもそもこの話は、信乃に起きた八房の梅の話の前年ではあるが、同じ日の話だ。それを今初めてここに述べたのは、これから後の物語において、多くのことが額蔵に及ぶからである。

 過去の話が終わった。
 信乃は、行婦塚のことは以前から聞いてはいたが、今更ながらに額蔵の母の薄命、額蔵の孝行ぶりに、とても自分は及ばないと思った。
 塚の前で額蔵を先に立てて一緒に額を地面につけ、祈念しているうちに、自分の父母を思い出して懐旧の涙が流れるのを止められなかった。
 しばらくしてから二人は同時に身を起こして、巣鴨を左手に見返し、飛ぶ鳥も跡を濁さずに石神井川の流れに沿って西ヶ原、田端を歩いていく。
 夏の雨に追われて三ノ輪で雨宿りをし、石浜村で船待ちの後、やがて隅田川を渡ると樹木の下の風の涼しさに身体を休めて、ようやく柳島だった。ここはもう下総と人は言うが、古河の里はなお遥か先である。二人は今宵の宿へ足を急がせた。

【信乃の旅立ちその1】

この旅路は東へ、とルートをたどっています。

古河は北の方角ですが、浅草近くにある石浜から船で大分北上しながら進むんでしょうかねえ。

 

 こうして信乃と額蔵はこの日、十三四里(約52~56キロ)の道を走り、栗橋の駅に宿を取った。この栗橋から古河の里へは、四里(約16キロ)にも満たない距離である。

【信乃の旅立ちその2】

しかし一日で栗橋まで?健脚過ぎです(´・ω・`)


 もし村長が人をつけて尾行させることもあり得ると考え、道すがらは少しも話をしなかった。しかしここに来るまでの間、疑わしいこともなく、幸いにして相部屋の旅人もいなかったので、ようやく二人は安心して、沈黙を破り、お喋りに花を咲かせ、長い旅の疲れを忘れるのだった。
 その時信乃は額蔵に神宮川のこと、蟇六と土太郎のこと、見たことをすべて話した。それを聞いた額蔵は小首を傾げ、
「それは入水に見せかけて、あなた様を亡き者にしようとするつもりだったのです、危ないところでした」
 信乃はしばらく思案してから、
「私に危害を加えるつもりだったのに、何をどう思ったのか、あの人はずっとしつこく狙っていた宝刀のことを諦めて、私を古河へ行かせたのだろう。これはただ浜路を簸上宮六に嫁がせるためだろうか。初めに古河へ行けと言ったのは、私を油断させて神宮川で殺すためだったのか。その計略がうまくいかなかったために、私は虎穴から出られたわけだが」
 と言ったが、額蔵は首を振って、
「いえ、それだけではありません。神宮川の漁も古河への旅を勧めたのも、いずれにせよあなた様を殺して、その宝刀を奪うべく、所領の田畑を返さずに、簸上を婿にするためです。それをどうして知ったかと言いますと、昨夜、宵の口、あなた様が留守の間に伯母君が内密の用事とかで私を誰もいない部屋に呼び、こう言ったのです」
 額蔵は亀篠が話したことを語り出した。

 額蔵よ。今回、お前を従者にして、信乃とともに遣わすのには、一大事を任せるためです。
 大変言いにくいことですが、信乃は私の甥ではありますが、思えば宿世の仇なのです。彼は親の横死を恨んでいて、私の夫を仇として狙い、折り良くば寝首を掻こうと心の中で刃をずっと砥いでいたのです。
 それを知っているのは私だけです。
 そうは言っても、見極めることができずに、ただ血で血を争うのは一家の恥辱と思い返して、私は盾になり、今日まで何とか無事に過ごしてきましたが、信乃が古河へ向かって、万一ことがうまくいかなくて帰って来た場合、いよいよ私の夫を恨んで危害を加える気になるでしょう。
 甥は不憫だとは思いますが、夫には代えがたいのです。したがって、お前を頼みとするのです。
 古河に向かう途中で油断を窺い、ただ一刀で刺し殺しなさい。死骸は手早く埋めて、刀を奪い取って、持って帰って密かに私に見せるのです。少しは旅費もあるでしょうから、それはお前の駄賃としなさい。
 このことを果たしてうまくいったら、主の翁に勧めて、お前を婿にしてやっても良いから、決していい加減なことはしてはなりませんよ。
 お前は子どもの時から何でも上手にやる子だから、いつも不憫に思っています。
 私はどんなに悪い報いのせいなのか、伯母になってしまったのでしょう。甥を殺すのは夫のため、お前は主人のためですから、忠義の二字を忘れてはなりません。
 最初は背介を遣わそうと言ったのは、お前と仲の悪い信乃を疑わせないようにしたためです。お前の他にこの一大事を任せる者はいません。きっとうまくやるのですよ

「と、泣きながら口説き、甘い言葉と婿入りの餌でそそのかされました。浅ましいと思いましたが、顔色には出さず、その場は承ったのです」
 額蔵は苦い顔になった。
「犬塚殿には遺恨がある、今までの鬱憤を晴らすのはこの時だ、ことが成ればお嬢様をいただけると言われた、仰せに偽りがないのでしたら、命に代えても惜しくはない、と本当らしく承りましたら、伯母上様は大変喜ばれました。そして『お前がいつも腰に帯びている刀は、切れ味が心もとない』と言われて。これは私の父、大塚匠作が護身刀にせよと言って、私に下さった短刀です。桐一文字という名のある切れ物なので、きっとそのご加護があるでしょう。これをお前に貸しましょう。信乃にその刀の由来を言えば、絶対見ようとします。他の人がいない間にこれを持って行きなさい、と言って、急いで刀の袋の紐を解き、この短刀を授けられました」
 額蔵の長い告白が終わった。
「主夫婦の企むところはこんなことです。あなた様を追い出すのではなく、ただお命を奪うというところにあります。この桐一文字はあなた様の祖父、匠作殿の形見ではありませんか。ご覧下さい」
 と差し出されたので、信乃は左右の手で大事そうに受け取った。刀をよく見てから、額蔵の近くに置いて、深いため息を吐いた。
「祖父は忠義の武士であったと聞く。その娘にして我が伯母は、どうしてここまで腹黒い人になってしまったのだろう。両親亡き後は、伯父伯母よりも頼りになる人はいないと皆は言う。だが我が身に起きていることはそれとはまったく逆だ。私を狙う仇の家に身を置いているとしても、ここまで執念深く狙われなくてはならないとは」
 信乃は嘆く。
「今日まで何とか無事に過ごせたのは、すべて君の助けの賜物だ」
 心から信乃は感謝するしかなかった。
「我が父の末期の教訓に、もし姉夫婦がようやく考えを改めてお前を憐れみ、育んでくれるならば、お前もまた真心を持って仕え、養育の恩義に報いよ。またその悪心が止まらず、ついに防ぐ術がないのであれば、宝刀村雨を抱いて早く去れ。五年七年養われると言っても、お前は大塚氏の嫡孫、蟇六の職はお前の祖父のお力によるものなのだ。その禄によって成人したとしても、それは伯母婿たる蟇六の恩ではない。たとえ報われずに去ることになったとしても、それは不義とは言わない。この道理を理解しなさいと言われたが、ご覧の通り今、現在の状況に符合する」
 信乃は感慨深い顔になった。
「先見の明、ここまで明らかだと、父上はやはり凡人ではなかった。九年の同居は衣食に乏しく、所有していた田畑も横領され、この身に持つものなどないも同然であれば、あの人の世話を受けなくても良い。今にして思えば、この身をあそこから**退転(たいてん)するに潔いのだ。そしてこの宝刀、幸いに守って失われることもなかった。もう嘆くこともないし、誰を恨もうか。私の天運はここで回天し、青雲の志を得るべき時節が到来した」
 信乃の目に希望の光が灯る。
「乞い願わくは犬川殿」
 改まって、額蔵こと犬川荘助の顔を見る。
「一緒に古河へ参ろう。君と私が力を合わせて、かの足利成氏殿をお助けせねば、両管領も図るに足らない。そうしよう」
 と額を合わせるかのように、小声で説くと、額蔵もそれを聞いて深く考え込んでから、
「あなた様はもちろんそうすべきですが、私は同じ立場ではありません。先に母の臨終に際して、村長の残忍な仕打ちは最も恨むべきと言えますが、その当時私は幼かったのでどう抗うこともできませんでした。やがて村長の家で召使いにさせられて、とうとう今日に至ります。しかし一杯の食、一枚の服の他には、決められた給金もありませんでしたので、その恩義は薄いと言えるでしょう。ただ恩義は高くなくても、村長の家の糧によって、ここまで育ちましたので、やはり主従関係にあるのです。悪逆非道には組みしませんが、主の謀略を受けておきながら、それを洩らして、あなた様と一緒に逃げてしまうと、私もまた不義の徒となってしまいます。これは立派な男子のすることではありません」
 額蔵の口調は強いものだった。
「あなた様は古河へどうか行ってください。私はこの夜明けに、お別れして大塚に帰ります。こうすることによって二つの良い点があります。私は非道の主人に背かず、また浜路殿のご心情、昨夜思わず立ち聞きして感じるところ、思うところがありました。賢いと言っても婦人のご心情のことですから、何ごとか起きれば不慮の過ちをしてしまうかもしれません。私、密かにお助けして、浜路殿のために図ろうと思います。こうすれば、あなた様に節婦浜路殿を捨てるなどと悪評も起きないでしょう」
 信乃は額蔵の考えに感心した。
「こうしてすべてをなし終えた後、私は堂々と暇乞いをして、村長のところを辞し、古河に参ります。そうすれば、今、一緒に逃げるよりも良いでしょう。この考え、いかがですか」
 と返事をすれば、信乃は何度もうなずき、
「良い考えだ。しかし君は私を討たずに帰れば、必ず災いがあるのではないか」
 危ぶむと、額蔵はにっこりと笑い、
「ご安心下さい。私は手足に少しばかり傷をつけて、浅傷を負ったように見せて帰ります。そして犬塚殿を討とうとしましたが、あえなくも逆に斬りつけられて、討つことはできないどころかこのような傷を負いましたと欺けば、主夫婦もどうしようもないでしょう。私にどうかお任せください」
 と強く言うので、信乃はますます感謝に絶えず、
「たとえ偽の傷としても、君を傷つけることが心苦しいが、拒めばそれは婦人の仁、目先のことにのみ反応し、深い思いやりが欠けていることになってしまうな。君の教えに背くわけにはいかない」
 と言った。
 額蔵は喜び、二人は笑顔になった。
 密談は終わった。時間も遅くなったので、各々衣を被って、ようやく寝ることにした。


(続く……かも)