2025年11月1日かねてより行きたかった玉城(たまじょう)に登城してきました。
え?玉城ってどこだよって?
こんなトコなのです。
場所は関ケ原西部。
あ、近くに菩提山城が見えていますね、竹中半兵衛さんのお城でした。
そこへ行った話はこちら。
ちなみに南総里見八犬伝で大塚匠作さんが暴れた垂井も見えていますね。
玉城は私は45年前に知ったお城なんですが、関ケ原の戦いに豊臣秀頼の出馬した時のお城だと騒がれたのですが、実際には違ったみたいです。
それはそれで残念ですが、面白そうなので登ってみましょう。

また来てしまいました、米原駅。8時6分。
今日は学生さんも多く混雑しています。
ここから8時25分米原発のJR東海道本線新快速に乗ります。4駅目が関ケ原駅です。
8時45分に着きました。
あれ?大阪と違って天気が悪いです。結構大粒の雨が降っています(´・ω・`)

初めて降りました、関ケ原駅。

鉄道唱歌36番。
天下の旗は徳川に 帰せしいくさの関が原
草むす屍いまもなほ 吹くか伊吹の山おろし
さてJR西日本から東海に移動したので、また清算が面倒なのです。
しかも関ヶ原駅は無人(笑)
しかし現代は進んでいて、呼出しボタンを押すことによって、どこかの駅にいる有人オペレーターさんが出てきてくれて、モニター越しに清算してくれました。
こういう風にしてくれたら、不満はありませんのです。

雨のそぼ降るJR関ケ原駅。
そう言えば決戦の日も朝から雨だったとか、いや繋がりはないんですけどね。

駅前では内府と治部がにらみ合っていました。

自販機も関ケ原合戦絵巻。
雨が降っていますが観光案内所で、レンタサイクルをお借りしました。
電動アシスト付き自転車半日、4時間以内で1,210円です。オーバーしちゃうと倍の料金が掛かるので注意です。
またも受付のお姉さんが言います。
「熊出ますので、お気をつけ下さい」
と。
私は悲しみの涙雨が降る中、出発しました。登山口まで約30分が目安です。
こうしている間にも関ケ原駅や車から観光客が次々に入ってきます。
皆さん、雨に対して恨み節。

前にも寄った石田三成の陣の横を通りました。
車で行った時のお話はこちら。
しかし、いろいろ見て回りたい箇所が次々と出てきます。
井伊直政の陣、田中吉政の陣、島津義弘陣跡などetc、etc……

こちらは伊吹山ドライブウェイ入口。

その名も玉、の交差点を折れて、エコミュージアム関ケ原という自然博物館を過ぎると……しばらく彷徨ってから、登山口に到着。

9時43分、登山口です。
熊出没注意と、もはやお馴染みになった標識が私を迎えてくれます。
ここで熊鈴セッタップ!!

登山道ですが最初はこんな感じ。

5分も歩くと最初の分岐、城山600m、約20分ですって。

次の分岐、山っぽくなってきました。
いつしか雨はあがり、晴れ間からお日様が出ています。

森の中を通りますと、

謎の建造物、モノリスならぬ石碑が次々と現れます。
何でしょう、これ。他の山城ではあまり見たことがありません。

土橋、両側は堀切、左には謎のモノリスが延々と。

階段、結構長くて少し休みながら登りました。
もうすぐ10時になります。

視界が開けてきましたよ、お空は変わりやすくまた曇天。

山頂でしょうかね、もっと近づきましょう。

なるほど玉城はこんな経緯だったのですね。
杉山内蔵助は、近所の竹中家家臣でした。

307.5mですから頂上で間違いないです。
しかしもうちょっと山頂の標識、城址の碑が欲しいところ。

三角点に一応タッチ。
一応観光案内所でいただいた地図には奥があるみたいなので、進んでみます。

広いところですが曲輪跡なのでしょうかねえ、私には分からないなあ。

実はこれ、大正年間に陸軍が火薬庫を置いたみたいでして、このモノリスは陸軍が設置したコンクリートの杭なんですって。

おっと下り階段。これ降りるとしんどいなあ。
他に城址の痕跡もなく、戻りましょうかねえ。

山頂で見た眺め。雲が低いです~
下りは順調でした、ヤマレコで記録を確認すると、

登山往復46分、距離はわずか1.5キロでした。短かったですね。
下りて地図を確認していると、面白そうな場所を見つけましたので、見に行きます。

常盤御前のお墓ですって。
常盤御前といえば、源義朝の奥さんの一人で、都中の美女の中から選ばれた選りすぐりの美女。
源九郎義経の母君でもあります。最後は平清盛のところに行った後、都の貴族のところに嫁いだはずでは?
どうして関ケ原にお墓が?

これが常盤御前のお墓です。

ああ、土賊に襲われてしまったのですか。


これは源氏大好きな松尾芭蕉とその弟子の句碑。
義朝の心に似たり 秋の風
源義朝も平治の乱で負けて東国を指して落ちる途中、尾張で元の部下に裏切られて死亡。
常盤もこの伝承が本当なら、東国にいるはずの九郎に逢うために美濃路を旅している時に被害に遭ったということを謳っているんだとか。

今度は悲劇の武将、大谷刑部吉継の陣とお墓!!
自転車を返すにはまだ余裕がありますので、見に行きましょう。

この若宮八幡神社の奥にありそうです。

鳥居の奥にはJRの線路があるのですね。

線路の奥に神社があるなんて、珍しいです。

ありゃ、祭神は大友皇子……そうか壬申の乱の場所でもありましたか。
弘文天皇とも書いてある……即位したんでしたっけ?

神社にお参りした後に先に進みます。

松尾山は小早川秀秋が籠った山ですね。

金吾中納言を見張るためにここに陣を構えたとか、読んだことがありました。

あ、大谷刑部さん!

でもこの山を登って下って、って結構大変ですよねえ。

手前は国道です。
新幹線は緑で見えず、通る度に衝撃波の音が聞こえるのです。

大谷吉継さん……

陣のところに来ました。

悲しいお話なんですが、石田三成に殉じた話は清々しいのです。

今はこれまで、儂の首を渡すな……あと300m頑張って行きましょう。

おじ様が数人の小学生を引き連れて、向うからやってきました。
ガイドさんが歴史を教えているんでしょうか。

お墓に着きました。

綺麗なお花が飾られていました。南無。

藤堂高刑さん、良い人ですね。
ただしこの方、大阪夏の陣で長宗我部盛親隊によって戦死されてしまいます(´・ω・`)


大谷ファンによって建てられた顕彰碑。
では、そろそろ戻りましょうか。

自販機も大谷吉継。

マンホールには兜がデザインされています。

12時に無事返却できました。
12時20分に大垣方面に行く列車が来ます、この先も少し冒険しますので乗りましょう。
でわ。