馬鹿琴の旅立ち

独り言を綴っています。主にお城や史跡がメイン。時にはお相手して下さい。

深谷市内を探訪してきました

2025年10月12日、深谷城に登った後、市内を探索して参りました。

ここは本当に自転車があると便利です。

お昼を食べた後、鉄道大好きな同行者とともにサイクリング。

 

①ブリッジパーク、福川鉄橋

10分も走ると、遊具のあるブリッジパークという公園に到着。

遊具には用事はなく、今は廃線となった鉄道の跡地があるのです。これがブリッジパークの名前の由縁です。

福川鉄橋と呼びます。

同行者は夢中で撮影中、私は煉瓦の美しさを愛でながら見学中(笑)

大きな一眼レフを持ったおじ様がいらして、やはり撮影に集中されています。

徒歩でここまで来られた模様です。鉄道好きな方の熱意にはビックリ。

1895年(明治28年)に深谷駅から煉瓦工場までの約4.2kmを結んでいた鉄道の跡なんです。

意外にも1972年まで走っていたんですって。最近ですね。

 

②日本煉瓦製造株式会社、ホフマン輪窯

鉄橋を楽しんだ後、その煉瓦工場を目指してみました。

令和7年5月に公開終了って、ついこの間ですやん!し、しまったぁ!!

平屋の洋館めいた日本煉瓦製造の事務所です。

ここ見学したかったですね、煉瓦を焼く窯です。

ホフマン輪窯。以前は中を見れたそうなんですが。

 

仕方なく、更にここから20分くらいの北西方面へ行きます。

 

③渋沢栄一記念館

深谷の偉人、渋沢栄一の資料がいっぱい。

残念ながら中は撮影禁止でした^^

大河ドラマの蒼天を衝くは欠かさずに見ました。将軍慶喜の名代として渡仏していたのが、運命の転換期でしたね。

戦闘にも合わず、ケガをすることもなく、新政府に見出された活躍した後は、下野して経済界の巨人となった訳です。

ノーベル平和賞の候補にもなっていたとは、知りませんでした。

付近には渋沢関連の旧跡が多くあるのです。

銅像もありました、駅前といい、あちこちに銅像が飾ってありましたよ。

 

⑤旧渋沢邸中の家

深谷市血洗島(ちあらいじま)という物騒な(笑)地名に旧家が残っています。

ここにも若い時の渋沢さんがいます。

中は無料なのです。あ、記念館も無料でしたよ^^

当年取って185歳の渋沢栄一翁が今も息づいて……いる訳もありませんね。

とにかく元気そうなお声で、今までの生涯を振り返っておられました。

なかなかにリアル。

 

⑥ネギ畑

あちらこちらにネギ畑。

ラーメンにうどんにそばに、いろいろお世話になっております、<(_ _)>

深谷のネギ生産量は日本一~(^^♪

 

⑦誠之堂(せいしどう)

こちらが誠之堂。

1916年大正5年に渋沢栄一の喜寿を記念して建築された洋館です。

渋沢さんがかつて頭取を務めた第一銀行の行員が出資して、作られたんだそうです。

第一銀行は第一勧銀となり、富士銀行、日本興業銀行と一緒になって、いまのみずほ銀行となっております。何か懐かしい銀行名(´・ω・`)

中に入ってみましょう。

意外と明るいですね。おやステンドグラスが……

ご飯を作ったり、

踊ったり、芸を見せたり、楽器を演奏したり。

皇帝か王が政治を執り行う感じのステンドグラス。

なかなか東洋風のものは珍しいと思うのです。

鳳凰もいます。

青龍っぽくはありませんが、龍のステンドグラス。

誠之堂全景です。重要文化財に指定されていました。

1999年に世田谷区から移転したそうです。

 

⑧清風亭

1926年大正15年に建てられた清風亭。

渋沢さんの後を継いで第2代第一銀行頭取となった佐々木勇之助さんの古希を記念して建築されました。

こちらもまた行員の出資でして、当時の銀行員のお給料や意識が凄過ぎ(笑)

こちらもまた明るい感じのコロニアル様式。

コロニアル様式で合ってますかね?(笑)

 

スペイン様式、南欧様式などとパンフには記載されていました。
埼玉県の指定有形文化財。

 

さて15時半になりました。

そろそろ深谷駅方面に向かって走りましょうか。

でわ。