2025年12月7日、あの利神城(りかんじょう)に登ってきました。
場所はこんなトコです。
姫路の奥、佐用郡というところにあります。
もちろん初めての登城です。
実はここは立入禁止ですので、現地のガイドさん付きでないと行くことができないのです。
私は事前に申込みをしており、無事に受理された訳です。
もしガイドツアーに申込みをしたい方はこちら。
3,000円の参加費が必要です。現金用意が望ましいでしょう。

上郡駅に8時35分。早起きで辛いです。

今度は智頭急行に乗りますよ。

JRと併設しており、乗換えは非常に楽です。JR分を精算、智頭急行の目的地の平福駅までの切符を買います。
上郡から平福まで630円。

カッコ良い智頭急行のボディです^^
8時50分発ですが結構人が乗っています。みんな、利神城に行くのかしら?

30分ほどで平福駅。
お手洗いに行きたいので駅で頑張るのです。

これが平福駅です。無人でした。

利神城の位置はこんな感じになります。駅の東北にあるんですねえ。

ほら書いてあるでしょ、勝手に登れません。
石垣の保存などお城の整備も大変なのです。
10時に反対側にある道の駅宿場町ひらふくに集合。

9時半には道の駅に着きました。小じんまりした道の駅ですよ。
受付がありましたので参加費を支払い、お弁当をいただき、登城チェックシートを確認します。

10時前までぶらぶらして出発を待ちます。楽しみ、楽しみ。

うわ、この上に登るのですね。現物はどうかと言うと……

わーい、てっぺんにお城らしきものが見えますよ。
期待しちゃいますね、これは。
おっと招集が掛かりました。総勢20名弱の利神城ツアー開始です。
小学生の男の子とお父さん、カップル数組、お友達同士数組、シングル参加数名って感じでしょうか。
ガイドのはるなさん(おっちゃんです)に率いられて出発です。殿ももう一人ガイドさんがカバーしてくれていますよ。

因幡街道が町の中を南北に走っています。その昔、鳥取と姫路間を結んでいました。
夜は、星が今でもきれいで美しいそうですよ。

江戸時代の代官所跡。大分高台にありますね。

利神城由来記。
やっぱり室町時代、赤松家の一族別所家が利神城を作ります。
嘉吉の乱で一度赤松家は滅びますが、どっこい応仁の乱でやはり赤松家の一族別所家が利神城を回復します。
時は流れて1578年天正6年山中鹿之助が上月城から利神城を攻めて、あっと言う間にこの地を征服します。その後は宇喜多家の所領になるのです。
上月城に登った話はこちら。
関ケ原以降は池田輝政が姫路に入り、利神城は甥の池田由之に2万3000石として与えられるのです。
池田由之は5年の月を掛けて三重の天守付きのお城を作ってしまい、それを見に来た池田輝政は焦り(笑)、天守の破却を命じたそうです。
幕府の監視の眼を恐れたのですね、その割に姫路城は立派ですが(´・ω・`)
その後池田家は転封されて、平福には幕府旗本が入り、先ほどの代官屋敷からこの地を治めた訳です。

地面を見れば星の町佐用。五芒星(?)付き。

ガイドさんがこの辺りは景観保全地区ですとか説明をして下さる中、進みます。
川を渡ると絶景があるとのことです。果たして絶景とは?

これこれ。江戸時代の宿場町の跡で、お蕎麦屋さんだったり、旅籠だったりしたそうです。
夏季はライトアップするそうです。
約20名、お城に登る手前の広場でラジオ体操をする様に命じられます(笑)
でもこれが意外と新鮮で、鈍っていた身体がピキーンとした気がしますよ。

あれこそが秘密の登城口。常時施錠されていて、後で事件が起きます(´・ω・`)

10時40分、いよいよ登城開始です。
この辺りは結構なガレ場でした。石がごろごろ。

九十九折りで何回か曲がると、利神城の表示も出てきました。

小休止。石切り場なんですって。


石垣もあったりするのです。
わずかな平坦な地形なのに、良く積みました。

この岩、ガイドさんが説明して下さいましたが、子宝に恵まれるそうです。
私には分かりませんでしたが、男性性器が彫られているんですって。(´・ω・`)

ここは大きな堀切、ハシゴ付きです。

神社跡。今は統廃合されて、神社は違う場所にあるとの説明がありました。
後方に不吉な角度の登り道が見えています、(;゚д゚)ゴクリ…

第1の坂、木の根坂。

第2の坂、だんだら坂のやぶ椿。
ますます険しくなりロープ場です、写せていませんけど、大斜面でロープに捕まらないと厳しいです。

平坦なところで小休止、再び。11時28分です。
ガイドさんがお城が見えますよ、と言うのでそちらを見上げますと……

利神城!近い様で遠いです(´・ω・`)

苦心しながら登りますよ、また激坂です。

第3の坂、胸突き八丁男坂。後260mだというのに、苦しいです(´・ω・`)

あっ、上が見えてきましたよ、胸がときめきます(笑)

第4の坂、イロハモミジの女坂。後200m!!
ちなみに、地面はいろは紅葉の小さな赤い絨毯ですよ。足が取られてしまいそう(笑)

ガイドのはるなさんを後ろから盗撮してしまいました、はるなさん、申し訳ありませんです。
ここにも柵があり、動物も不届きな登山者も登れません。

ハシゴを登りました。すると~

三の丸です~

素晴らしい眺めですよ!!
私はうっとりと眺めてしまいました!!

向う側にも曲輪群があるのです、行くことはできませんけれど。

ここが大手口。
修復中でとても登ることはできないのです。

凄いぞ、石垣!!


手前にもいろいろ石垣があるのです。

東側登城口と虎口。
こちらも行けません。

天守です、登りましょうね。

本丸出入口。
ここも自由に行けません、ロープが張ってあり、進入は禁止なのです。

天守丸到着です。12時19分ですから、2時間20分くらいでここまで来れました。

天守丸の礎石と平福の町が見えております。

修復用の足場がありますね。水害のダメージがかなり酷かったんですねえ。

この辺降りたーい、でもNG。

ここもダメなのです、やれやれ。

見えませんが、大阪丸という曲輪があるんですよ。
この辺りでガイドさんが号令を掛けてきました。待ちに待ったお昼のお弁当タイムです。
折りたたみ用のイスを20脚出して下さいまして、座って食べることができます。

こちらが梅干しお弁当。紙パルプの箱です^^
食べ終わってまったりしていますと、車座になる様に言われます。
利神城クイズ開始!!
池田家は何代続いたか、利神城の高さは何メートルか、徳川家康の娘で池田輝政の妻の名前は何か、石垣の総延長の長さはどれくらいか、などなどの問題を答えます。
私も勇気を出して、池田輝政の妻の名前を当てて賞品GETです!

ガイドさんお手製の御城印をいただきました。
何、問題はそんなに難しくありません。受付時、事前に配布された資料の中に全部書いてあるのです(笑)
見つけた人の勝ち(´・ω・`)

楽しい時間は長くは続きません。
三の丸に降りて来ましたが14時30分の智頭鉄道に乗らないと、次は16時台になってしまいます。
他の方は車で来られている様で、鎧装着体験などするそうですので、私は先に失礼することにしました。
ガイドさんに断って下山開始、13時30分です。
下山がこれまた大変、同じルートを下るだけなのですが、斜度が半端ないのです。
急斜面、足を取られてズズズ、転がりそうになりながら降りていきます。
見れば、シングル客のお姉さんが私の前を降りていきますが、カモシカかプロのトレイルランナーかといった具合でスイスイ降りていくんですよ。
お姉様、早過ぎ!!
とてもかなわないので、私は自分のペースで降りていくことに切り替えました(笑)
負け惜しみです。
大分距離が離されて見えなくなり、私もようやく一番下まで行くと、何とお姉様が待っています。
私を待っていてくれたのかと調子に乗って、
「早いですね~」
とお誉めしますと、お姉様は恥ずかしそうに、
「お手洗いに行きたいのです」
ですって、すいません、余計なことを言いましたね。
実は登城口が施錠されているのでした。ガイドさんが降りてこないと外すことができません(´・ω・`)
14時過ぎ、ジリジリして待っていると、ガイドさん2が下山、しかし錠のナンバーを知らないそうです(*´▽`*)
10分ほどしてガイドのはるなさんが無事下山、解錠してもらいました。
お姉様は道の駅に買い物とお手洗いに行かれ、私は駅に直接向かいお手洗いを無事に使うことが出来ました┐(´∀`)┌ヤレヤレ

今日のヤマレコ。
たった3キロですが4時間も掛けてしまいました。
団体行動、お弁当付きですので、当然でしょうか。

鳥取方面の線路です。

こちらは上郡方面の線路。14時20分ですから後10分もあります。
ベンチに座って列車を待っていると、先ほどのお姉様がまたやってこられました。
そこからは、姫路までお城談議、ノンストップでお話を聞かせていただきました。
私たちはキャッキャウフフと盛り上がり、知らないことをたくさん教えていただいたのです。
この方、私よりも数多くのお城を制覇されていて、特に大分は豊後の国の
長岩城
一ツ戸城
などを行く様に薦められました(笑)
帰って検索してみたら……そんな簡単に行けるお城じゃありませんでした( ;∀;)
お姉様は爽やかな風と共に去って行かれました。
私も疲れましたので、家に帰ることにします。
そうそう、利神城は登山靴、手袋(下りのロープ用)など必須です。
お手洗いも上にはありませんよ。
ガイドさんの言われることに従って、安全に登りましょう。
でわ。