2025年12月6日気比神宮と敦賀城に登ってきました。
天筒山の麓から歩いて数分で、気比神社に到着しましたよ。
場所はこんなトコ。越前国一之宮だそうです。
コンビニで買い物をして数分、てくてく歩くと気比神宮の東門に到着。
気ではなく氣なんですね。でも気で許して下さい。

中に入ってお参りして行きましょう。

広いんです。

南側に回って、赤い鳥居から入りますよ~

通常の3倍赤いのです。
一瞬人のいない瞬間をパシャリ!

お参りをした後、御朱印をいただきました。

神社回廊に表示されていた気比神社縁起から、かつての社殿図。
昔はもっと広かったようです。

菊のご紋が大きく。
また南門から出ると、福井県の観光協会からアンケートを求められました。
福井は何回目ですか、気比神社が目的ですか、などいろいろ。
最後にご意見を、と言われましたので、敦賀・大阪間がサンダーバードを解決して欲しい、敦賀で乗換えて新幹線に乗るのを改良して欲しいと申し上げます。
アンケートのお姉さんは、それは福井県人の願いでもありますとかおっしゃってました。
しかし、例えば金沢から北陸新幹線が伸びて、新大阪まで延伸したとしたら……
福井に泊まらないで、通過だけしちゃう観光客が増えてしまうかもしれませんね(´・ω・`)

大鳥居から外に出ます、西の方角に向かっている感じですよ。

カラフルなマンホールは敦賀港。
今度は敦賀城へ向かいましょう、徒歩やはり数分みたいです。
敦賀城は、羽柴秀吉の天下統一中に蜂屋頼隆が築城したのですが、九州平定後に蜂屋頼隆が死亡、その後は1589年天正17年から大谷刑部吉継が改めて支配するのです。
関ケ原までおよそ10年、穏やかに統治したみたいです。
その敦賀城址に行くと……

あれ、敦賀西小学校になっていました。

説明書きがありました(´・ω・`)

かつての敦賀城は三層だったのです。
関ケ原の後は越前は結城秀康の所領となりますが、結局は一国一城令により破却されたという訳なのでした( ゚Д゚)

他にも名残りがありました。
少し離れた真願寺というお寺に石碑と礎石が残されていました。
では敦賀駅に戻りましょうか。14時半と早い時刻ですが、明日も出掛ける予定ですので、今日は退散いたします。