馬鹿琴の旅立ち

独り言を綴っています。主にお城や史跡がメイン。時にはお相手して下さい。

増山城と亀山城に登ってきました

2025年10月25日増山城と亀山城に登ってきました。

増山城は続日本100名城の135番、初めて行きましたが、ここも昨日の鳥越城と同じく行きにくいところにあります。

まあ、地図でも見て下さい。

JR砺波駅から10キロほど離れているのですよ。

バスも本数が少なく、手立てはいつものアレしかありません。ふふふ。

 

ところで増山城は南北朝のころから始まります。

桃井直常は足利兄弟の直義派として活動し、直義の死後は南朝にも帰順します。

その桃井直常の勢力がこの増山城に籠ったと言われております。もっともその後、幕府側に落とされてしまうのですが。

戦国期になると、越中国守護畠山氏の守護代だった神保氏が勢力を伸ばす訳ですが、例の一向一揆が越中にも手を伸ばします。

神保氏は越後国守護代長尾能景(ながおよしかげ)と手を結んで、一向一揆と戦うものの、次第に仲が悪くなり、長尾能景は神保慶宗に見殺しにされて、砺波で戦死してしまうのでした。

この長尾能景こそが長尾景虎、後の上杉謙信の祖父であり、神保と上杉は何度となく戦うことになるのです。

お爺さんの仇なので攻めては落とし、そして多方面に出兵し、気がつくと神保が取り戻しているので、また出兵、上杉が北条、武田と揉めているうちに戻ってくる神保。

1576年天正4年に上杉謙信が能登の七尾城攻めをする途中で、神保長職は敗走、それ以降は織田との戦いになります。佐々成政も部下を置いていたみたいです。

話が長くなりました、では向かいましょう。

金沢から高岡まではIRいしかわ鉄道です。8時40分高岡駅着。

高岡城には昨年行きまして、お城カードをGETしたり、立川志の輔師匠のお話を聞いたりしております。

ここから今度はJRに乗換えますが、北陸の路線ってJRと第三セクターの乗り入れが難し過ぎます(笑)

忍者ハットリくんにラッピングされた車両です、ニンニン。

藤子不二雄さんは、お二人とも富山県出身なんですって。

中でも藤子・F・不二雄さんが高岡生まれです。

今度はJR城端線(じょうはたせん)に乗って6駅、9時25分に砺波にて下車。

ここまで乗せてくれたJR城端線の車両をお見送りしました。

しかしここからが本番、駅ビルの観光協会さんで昨日と同じくレンタサイクルをお借りします。

JR砺波駅ですが、砺波と書かれていません( ;∀;)

観光協会さんでお城カードをGETです。

お姉様のお話によると、今日は天気も良くサイクリング日和、お城には熊は出ず、その代わりカモシカが時々出現すると言われました。

カモシカなら襲ってないと思いますので、少し安心。

5.7キロ走って砺波市埋蔵文化財センターへ。

こちらにいろいろあるのです。

続日本100名城スタンプ。

御城印も。

例によってジオラマも。他にも縄文時代、弥生時代の遺跡の説明もあるのです。

お手洗いもお借りしていろいろ助かりました。

 

さあ、これで増山城攻略開始が出来ます。

4.1キロ走りますよ~

お蕎麦の有名なお店、蔵蕃そばさんの先にこんな表示が!!

右折です。

10時51分増山陣屋に到着!!

何だかんだで、砺波駅から約1時間半掛かりましたねえ。

美味しそうな蔵蕃そばさんの宣伝POP。

帰りに寄りたいなあ、なんて書くと絶対に寄れないんですよ(´・ω・`)

ではヤマレコの登山記録スタート!!

実はダムがありまして、その上を通ります。

ダムダムしてますでしょ。

ダムマニアさんもいるんですよね、石原良純さんはダムマニアだそうで。

この冠木門が登城口。

結構規模が大きいですね。

事前のルート設定では増山城を簡単に一周、北部に隣接の亀山城を加えて、約2.8キロの予定にしました。

あの鐘を鳴らすのはあなーた~ということで、一度だけ鳴らしました。

こんな感じで序盤は登ります。

二ノ丸が主郭というのは結構珍しいのではありません?

真ん中上部が陥没してます、これが大堀切。

分岐点、コースは左に行けというので左に参ります。

気持ちの良い登城道です。

風は冷たいですが、お日さんが良い感じなのです。

やまの名水、又兵衛清水と書いてあります。降りてみましょう。

神保家の家臣、山名又兵衛さんが発見したお水です。

地面もだいぶぬかるんでおりました。

お水が今もこんこんと湧いております。

この分岐点、重要です!試験に出るかもしれませんので、絶対に忘れない様にして下さい。

今は二ノ丸、主郭へ進みます。

またなだらかに登っていきます。おや?

私が見る限りでは増山城唯一の石垣でした。他には見掛けませぬ。

この石垣は防御用ではなく、飾りだったんですって。

無常というのは廓の名前らしいです。今回は寄っておりません。

虎口っぽいところを通り抜けると……

二ノ丸の表示が待っていてくれました。

お城の中央にあり、城内最大の隅櫓があったことから、本丸、主郭とみなしたと書いてあります。

でも何で二ノ丸なんざんしょ?

1840年天保2年の絵図に二ノ丸と記されているそうなんですが……

こんな標識もあります、安心ですね(笑)

神水鉢と書いてあります、何でしょう?

お城の水源のことかな?

あ、なるほど。

お水でなく旗竿石、すなわち旗を立てた場所なんですって。

紛らわしい(笑)

鐘楼堂。連絡用の鐘でも置いていたんですかねえ。

鐘楼堂と刻んでありました。あれえ?

この先、道がありません。ヤマレコの地図でも城内地図も進める様になっていますが、高台でしてもうどこにもいけないのですよ。

下を見下ろすことができたのですが、下には道がありますが、この鐘楼堂からは落ちない限りいけません。

 

さあ、そこで先ほどの分岐に戻る考えが閃いたのです。

再掲してみますと……

ここまで戻って安室屋敷方面に行ってみます。

うはあ、ここも凄いV字谷。

右が鐘楼堂、左が安室屋敷となっていますです。

階段を登りますと、

ご隠居さんたちの屋敷があったとか、ホンマかいな?

階段を降りてまたV字谷の先へ参ります。馬洗い池。

アップダウンを繰り返し、御所山屋敷跡、

足軽屋敷を通り過ぎます。

まだまだ道が続きます。

神保夫人入水井戸とあります。

上杉謙信によって落城させられた時、奥方が身を投げたとか。

水はまだ残っています。

こちらは小判清水という別の水源です。

しとしとと水が流れていました。

もう下山した様な感じですね。舗装された車道の反対側に、

亀山城入口がありました。最後の難関です。

この端の道を登っていきます。

もう最後の登り口です、頑張りましょう。

ほら着いた、亀山城です。

増山城に隣接していて、かなり高い場所にあるのですよ。

亀山城石碑。11時58分ですから、陣屋から約1時間ちょっとでここまで来たことになります。

下山中です。てくてく。

何とか無事に陣屋まで帰ってこれました。

ヤマレコデータ。

1時間14分で3.3キロ歩きました。短かったかな。でもまた自転車に乗るので十分でしょう。

金沢に戻るのですが、JR城端線の本数が少ないので、もう駅に行かないといけません。

自転車で振り返った増山城、お疲れ様でした。

昨日、今日と北陸難関2城をどうにか登れましたので満足です。

でわ。