2026年6月20日清洲城に再び登ってきました。
3回目くらいです。
前は夜に登城した記録を載せましたね。
fools-talk-to-oneself.hatenablog.jp
実は岩崎城訪問の際に忘れ物をしましたので、そのリカバリーをするため、再び名古屋駅近辺に行ってきたのです。
その後帰る時間までの間、懐かしの清洲城に訪れてみることにしました。

今回はバスです。
8時30分大阪駅発の高速バスで臨みます。

途中、甲賀の甲南パーキングエリアで小休憩。
忍ばない忍者です。
11時10分ごろJR名古屋駅に着き、忘れ物を預かっていただいているところに行き、お礼を申し上げて、回収しました。
いやあ、一安心です^^預かっていただきありがとうございました。
それでは、今日のお城、清洲城に行きましょう。
岐阜方面の東海道線に乗って、二駅です。しかし今日は雨。
結構降ったり、小雨になったり(´・ω・`)

JR清州駅です、初めて降りました。

清洲駅外観は意外と寂しいですねえ。
無人駅だったかもしれません。
雨の中、15分ばかり歩きます~

途中、古い民家を何軒か見掛けまして、これって桃瓦ですか?
桃っぽくもあり、そうでなくもあり。完全な球体なんですよねえ。
気づいただけで3、4件ありました。

この細い道を抜けますと……ちなみにJR線路が隣にあるのです。

清洲城近くに来ました。
ご存じですか?
清洲城は、清須市にあるのです。
両方の読み方が混在していて、南北朝のころの書物や江戸時代初期には清須と書かれているのだそうです。
信長の伝記である信長公記では清洲なんですって。
最近では2005年清洲町、他幾つかの自治体が合併して、清須市になったとのこと。


まずは清洲古城の方に来ました。
こちらは現在公園になっています。

お城の跡はあまり無いようです^^

一番高いところにお社があるようです。

右大臣織田信長公古城跡と刻んでおります。

こちらも石碑がありますが、年代物です。

文久二年というと……1862年ですから、幕末ですね。
何と書いてあるのかは不明です( ̄▽ ̄)

雨の中の探索ですから、無事をお参りします。

清洲城の概要です。
ご覧の通り、川が真ん中に走っております。

あ、清洲城、まあ、復興天守ですが安土城っぽい姿で現れましたよ!
でもお城に行く前に、JR線路反対側にも、公園があるので行ってみます。

若き日の信長と濃姫がいましたよ。

鎧をまとった信長が睥睨しています。

その姿を素敵(うっとり)とか見とれている濃姫さん。
この方のその後、って不明なんですよねえ、どうなったんでしょう。

今ではパワースポットになってる!!(笑)

雨に濡れた紫陽花ちゃん。素敵な色です。

戻って来ました。
五条川の西から東のお城を眺めます。

清洲城の古い石垣、しかし平成年間に復元されたものです。

赤橋越しに清洲城。

左側からも清洲城。

城門開けっ放しの清洲城。不用心、不用心。

中に入りましょう。

信長塀。
昔熱田神宮で見たことがありますが、そのまんまです。
それもそのはず、熱田神宮のそれをモデルにしたと書いてありました(笑)

雨のそぼ降る清洲城。

中に足を入れてはいけない庭園を迂回して、

門を振り返ってみますよ。
岸和田城の石と同じく豪華。

ここがお城の入口なのです。
撮影しようと思ったら、外人カップルが出て来てなかなか動かず、苦戦します。

400円の入場料をお支払いします。上は入場チケット。

昔は川を挟んだ城塞都市みたいな感じだったのですね。
もちろん天守はなく、館があったのです。
中の展示物はほとんど撮影禁止。
他には清洲会議、家康以降の名古屋への引越し話の展示が良くありましたよ。

最上階から外が見えます。鯱さんが怖い顔。

赤橋が見えています。

新幹線キターーーーーー!!
早いです、ちなみに京都方面から名古屋方面に向かっている車両ですので、速度は落としているはずですが、それでも早いのです。

北方面。
岐阜城、小牧山城が見えるとのことですが、雨天で何も見えません(´・ω・`)


触ってもOKな黄金(?)の鯱。

中の見学を終えて、見上げる清洲城。
奥の出入り口から一周してみましょう。

東南方向からも見上げます。

今度は東から。

北側からも。
雨に濡れながら一周しました(´・ω・`)

お土産物を扱い、お茶も飲める清洲ふるさとのやかた。

ふるさとのやかたの中から珈琲を飲みながら、清洲城をパシャリ。
観光客は雨なのに多いのです。

お土産に買った清洲城信長ビーフカレー(笑)
CoCo壱番屋さんの監修です。
それでは帰りましょうかね、またJR清州駅まで歩きます。

東海道線の中から清洲城を激写しましたよ(笑)
新幹線よりは楽に写すことができますね。
以上清洲城の探索でした、でわ。