2026年5月1日飯盛山と会津さざえ堂に行ってきました。
会津若松城攻略の翌日です。
場所はこんなトコでした。
飯盛山は2回目、さざえ堂は初めてです。
今日はいろいろ回る予定ですので、レンタカーをお借りしています。
JR会津若松駅から約2キロ、東方面に走ります。

マンホールは磐梯山です。宝の山よ~

うわっ、また強烈な階段です^^
ちなみに右には名物、動く階段があります、有料ですけれど。

まず目指すは会津さざえ堂。その手前には白虎隊のオブジェがあります。
飯盛山に登る道を途中で折れて、階段を降りますと……

これが特異な建築様式の会津さざえ堂です。
雨が降ってまーす。

特異な建築様式はこの通りですよ。

400円で入場することが出来ます、お参りがてら中に入ってみます。

福聚海とは、福徳が海の様に広大無辺に集まることを指しているんですって。

わ、暗いです。登りますが身体が傾きます(-_-;)

3回回った様な気がします(笑)

天井に札がたくさん貼ってありました。

すぐに下ることに(笑)
帰りに至って、いろいろな聖人のことについて、触れられていることに気づきました。

こちらは修験道の役小角さん。
前鬼、後鬼を使役しちゃう凄い人。八犬伝でもやりたい放題なのです(笑)

反対側から見たさざえ堂。
どうしたらこんな建造物を作る気になるのか、さっぱり分かりません(笑)

尚、二重らせん構造の建物は近代以前には他に例がほぼなく、わずかにフランスのロワール古城群のシャンボワール城の二重らせん階段があるだけだそうです。
その階段はレオナルド・ダ・ヴィンチ作と言い伝えられています。
こちらがシャンボール城の二重らせん階段。
写真はフランス観光開発機構さんから。
ちなみにフランスのロワール古城群、いつかは行きたいですが行けるかしら。
円安だし、石油他物価が高いですしねえ( ;∀;)
話は戻りますが、二重らせん階段の話がオランダから蘭書で伝わり、それが会津にまで伝播したとかしないとか。
もし本当なら面白いですね(*´▽`*)
一旦、さざえ堂を出て、お土産物屋さんで御朱印を入手。

昔は墓守の方が書いて下さっていたのですが、ある事件で御朱印が中止になりました。
今はこの様な感じで、さざえ堂土産物店でも扱っていただいています。
ありがたい話です。
それでは飯盛山をもう少し登ってみましょう。

白虎隊自刃の地は更に奥です。

急な階段を降りると、墓地があり、その奥が自刃の地。
一般の方の墓地もあり、騒いだり、食べ物を食べたりしてはいけないのです。
ならぬものはならぬものなのです。

この様に、白虎隊士は悲惨な最期を遂げることとなります。
同調圧力もあったのではないかと思うのですが、せめてもう少し状況を確認していれば、と思わずにいられません。
飯盛山から会津若松城を眺めますと……

どう?どんな感じ?!

最大望遠で何とか。
煙が上がっていたら、やはり燃えて落城したかと思っちゃいますかねえ(´・ω・`)
哀しい話です。

戻る途中で見つけた岐阜県知事の石碑。
岐阜の郡上八幡城には、凌霜隊の悲劇がありました。
こちらで凌霜隊のお話の復習をどうぞ。
fools-talk-to-oneself.hatenablog.jp

慈母観音の白虎観音さんが白虎隊士の霊を慰めるのです。

自刃した十九人の慰霊碑。
下りはまたさざえ堂を見ながら、緩い坂道を降りて行きます。

会津さざえ堂の分かりやすい絵がありましたよ。
雨は弱くなりました。
このまま車に乗って、次の目的に向かいますね。
でわ。
