2026年3月1日高安城と信貴山城に登ってきました。
先週は遠出しましたので、今日は近場^^しかも超近場。
場所はこんなトコ。
信貴山は以前登ったことがあるんです。

近鉄大阪線の河内山本駅から近鉄信貴線に乗換えて、2駅向うの終点信貴山口駅へ。
近鉄信貴線はお参り用の電車ですね、単線で車両は2台でした。
そしてここからは上記の写真にもある様に、ケーブル線に乗ります。

西信貴ケーブルだそうです、何かワクワクしてきましたよ。

シートは関西人大好き、阪神タイガース仕様になっています。
嘘です。後で分かるのですが、お寺があって虎が、いえ、寅が縁起物なんですよ。

ケーブルカーって何て素敵なんでしょう、楽だし楽しいし(笑)

10分も掛からずに高安山へ。標高は約420メートルまで上がりました。

高安山駅全景です。可愛い駅舎ですよ。

高安山も信貴山も近い。では参りましょう。

道はこんな感じです。

開運橋。渡ると運が付きそうですね(*´▽`*)

何かの施設です。
うーんと、高安山気象レーダー観測所ですって。
大阪と奈良を分かつ場所ですから、必要なんでしょうね。

高安城の説明版です。
例によって、天智天皇が唐の侵攻に備えて築城した古代山城なんです。
対馬の金田城、大宰府大野城、基肄城、屋島城、鬼ノ城(?)に加えて、高安城も含まれるのです。

危うく見過ごすところでした、高安山の山頂はここを登るのです。

おいしょ、おいしょ。

487メートルに到着です。

しかし藪の中。一向に何も見えませんのですよ。
でも奥に道がありますので、進んでみます。この辺り携帯が圏外になっています!(´・ω・`)

さっきの気象レーダー観測所の脇に出ました、迂回した挙句戻ってしまいましたよ(# ゚Д゚)
それにしても高安山はクリアしたのに、お城分がありませんねえ。
高安城はどこなんじゃろ。

標識には高安城倉庫址とありますね。
まだまだ先。
おっと向うから集団の登山客がやってきました。
10人くらい、賑やかで楽しそう。春の陽気に皆さん、お出かけですね^^

あれ?道路ですよ。
信貴生駒スカイライン、車専用道路を渡らなくてはいけません(笑)しかも危険!

やれやれ無事に渡ることができました。まあ、今日はほとんど通行する車がいなかったんですけれど(-_-;)
車は、もちろん入れない様になっています。

高安倉庫址はまだ先みたいです。

5分ほど歩くとまた表示が出ました。
この脇道に入ると……ヤマレコさんが道を外れていますと何回も警告をしてきます(´・ω・`)

真っ平な場所、しかし私には痕跡が見つからないここが1号跡地。

でも安心して下さい、まだ先があります。

真新しい石碑まであるのです、ここですね。

わずかに礎石が見えました。

1号より2号の方が礎石の数が多いのです。ようやくお城の、しかも古代の山城の痕跡を見つけましたね。

籾と塩を備蓄したそうですよ。
しかし天智帝没後の壬申の乱で炎上したんですって、(ノ∀`)アチャー
まだ奥があります。

これが3号倉庫址。
実は半分の規模しか撮影できていません。
何故なら……どこかのご夫婦が礎石の上に座って、お弁当を食べているからなのです(´・ω・`)
礎石の上で食べないでよ!と思いましたが、気弱な私は何も言えずにここを去りました。

気を取り直して進みます。

とうとう信貴山城の表示が出てきましたが、ここ何差路ですか!?
私どっちに行けばええねん?!
実は右手にもコースがあるんですよ(笑)

小さく表示があるのを発見しましたよ(笑)
これ、孔明の罠ではないでしょうねえ。

信じて竹柵沿いの道を登っていきます。
ホントに分かりにくいのよねえ。

道は正しい感じですね。
松永屋敷って書いてますって、下るのかな?

あれ?分からない。
三丁という石碑で登山道に当たってしまいました。
戻ります。

あ、さっきは分かりませんでしたが、遠くに階段がありました。
これも孔明の罠です、うっかりすると気づきませんよ。
またヤマレコさんに叱られながら進みます。

ここが信貴山城なのです!

木でできた案山子もあるのです。

お城というより戦国の梟雄、松永久秀のお屋敷跡ですね。
松永久秀は斎藤道三、宇喜多直家と並んで戦国三悪人。

分かりにくいですが、屋敷にも虎口があるんですって。

屋敷は結構規模が広くて、更に階段があるのです。
この段差も土塁的な感じでしょうか。

一番広いところ。
石が敷いている様に見えますが、ここが主殿なのかしら。

階段を降りました。
振り返るとかなり高いところに屋敷があったことが分かります。
ヤマレコさんにルートに戻りましたねと言われながら、かなりの斜面を10分ほど登ります。
ここ一番きついかもしれません。ぜえぜえ。

軽トラも登れる斜面にケルン。

奈良の南方面が見えます。

何とか信貴山城に着いたみたいですよ!!

空鉢護法堂(くうはつごほうどう)というお寺があるのです。
お参りしましょう。
信貴山縁起絵巻のメインのところです。

鳥居群の脇には信貴山城の石碑もあります。何とか無事に攻略することができました。

もはや見えない表示。

お堂にお参りしました。

いろいろお社もあるのです。

今度は下り。後はほとんど下りです。
徒歩の人は、高安方面から来た方が楽かもしれませんねえ。

ここに信貴山城の天守が、しかも日本最古の天守があったそうです。

反乱を起こして籠城した松永久秀の最期の場所です。
古天明平蜘蛛の茶器を抱いて爆死したというのは、どうも伝説みたいです、残念(´・ω・`)


爆死の跡はやっぱり見当たりません(笑)
13時15分です、では下って行きましょう。

山奥が雄嶽、雌嶽です。
登って来る人は大変ですよねえ。私はちょっくら下るだけですから(笑)

朝護孫子寺が見えてきました、やれやれ。

あ、神変大菩薩!

八犬伝でも出てきた役行者さんを祀っておられます。

真紅の多宝塔。眼にも眩しい赤さです。

朝護孫子寺の本殿。こちらにも行きましょう。

聖徳太子が582年敏達天皇11年に寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻に四天王の一つである毘沙門天を聖徳太子が信仰し、その加護によって物部守屋に勝利したことから、太子は自ら刻んだ毘沙門天を本尊として寺を創建したそうです。
「信ずべき貴ぶべき山(信貴山)」と名付けたという話があるんですって。

今日も多くの人がお参りに来ておりました。

本堂を降りると、全景を拝むことができます。

毘沙門の幟がたくさん。

金と銀の虎もいますよ。ようお参りしましたね。

門の外に出ました。ここには、

可愛い虎がいます。
世界一福寅という張り子の巨大な虎。

張り子の虎からも本堂が伺えました。

うん、何でしょう?

わあ、かわいい子虎たち。

これから供養されるんですね、子虎たちは。

結構歩いてきましたねえ。
しかもまだ全部見れていないという有様です。

仁王門を出ればもう娑婆です。では帰りましょう。

しだれ桜かな、美しく咲いています。
さて今度は信貴山下駅まで歩くのですが……

このケーブル跡の道を下って行きます。
かなりの傾斜です、足がガクガク。
ここはかつての東信貴ケーブル。西は残り、東は廃止された訳です。

15分も掛かりました~

地図の中の東端が信貴山下駅。まだまだ歩く必要があります(´・ω・`)

12、3分で駅に到着しました。高低差がかなりありましたねえ。

かつてのケーブル車両が展示されております。

路面電車っぽいです。ノスタルジーを感じちゃうのです。

憧れの運転席も今は狭く、古く、小さく感じます。
ここからは王寺駅まで出て、JRで帰宅します。

今日のヤマレコ。
意外と歩きましたねえ、8.9キロとは(笑)
もうちょっと城跡が見れれば良かったのですが。
今日はここまで、疲れました。
でわ。