2026年1月17日長篠城に登ってきました。100名城46番目のお城です。
久々に3回目、今回はゆっくり回って来ましたよ。
場所はこんなトコです。
でわ、参りましょう。

愛知県豊橋までやって来ました。名古屋からJR東海道線利用です。
ちなみに始発の新幹線自由席に乗ろうと思いましたら、何と満員で立つ有様です。
名古屋で降りた私は良いですが、東京まで行く方々は……お気の毒です。
やっぱり指定席を取った方が良さそうです(´・ω・`)

豊橋からは伝説のJR飯田線に乗ります。
……途中にその名もズバリな野田城駅なんてのがありました。
かつて車で行ったことはあるんですけどねえ。

豊橋駅から約1時間10分、目指す駅に到着しました。
降りて、去って行く飯田線を見送ります。

JR長篠城駅ですよ。

無人駅ですが……

駅も何だかお城風なのです(笑)やるじゃないですか、JR東海さん。
ここからお城まで歩いて7分ほど。

住宅街兼畑の中を歩いて行くと、こんな表示がありました。
ここが搦手門だったんですね。

わ、鳥居強右衛門さん磔の絵だ!!
落合佐平次という侍が鳥居強右衛門の磔になった遺体を旗指物にしたという絵ですね。
真っ赤な身体の鳥居さん(´・ω・`)
でもお城に行く前に寄り道をします。

武田方の武将、馬場信房(信春)、別名鬼美濃のお墓です。

長篠の合戦で負けた武田勝頼が退却していくのを見届けてから、武田軍の殿を務めてから最期を遂げたという勇将の中の勇将なのです。享年61才。
ここ来たかったんです、南無阿弥陀仏。

ん?
中央構造線?長篠露頭?
お城とは関係なさそうですが、100メートルですので寄って行きましょう。

恐ろし気な道に突入しちゃう(´・ω・`)

中央構造線の説明図。糸魚川と天竜川間のフォッサマグナとは違う様ですね。
東西に伸びて四国まで行っているんですって。

これが構造線らしいです。
黒い地層とその上部の境目がそうなのかな?
良く分かりませんでしたが、そろそろお城探訪に戻ります。

長篠合戦の布陣図。

そのわきには長篠城址・史跡保存館です。
探索後余裕があれば、中に入りましょう。

ロッカーも鳥居さんの絵。

お城概要図。
東北から南西に掛けてJR飯田線が通っているのです。


本丸跡。

すぐ後ろは崖になっており、滝がありました。
名前は不忍の滝なんですって(笑)

キャラクター化された武将さんたち。
長篠は奥平さんが治めておりましたのよ。奥平さんは武田、徳川の間で翻弄され、しかし翻弄し、長篠の戦の前には徳川方についたのです。
それに怒った武田勝頼が攻めてきて、激戦が始めるのです。

土塁が積み上がっていて、上に行けそうです。

昔は神社があったのですが、お引越しされていました(笑)

空堀ですね。

反対側にはお城を分断しちゃった飯田線の線路。

ここはダイナミックなお城なんですよ~

長篠城には第四種踏切らしきものがあるのです。

踏切名は古城跡。なかなか素敵な名前じゃありませんか。

豊橋方面を望む。

飯田方面。
まあ違いは分からないんですけどね。
鉄道で分断された先に入れますので、進んじゃいます。

野牛郭と書いてあります。

この辺一帯が野牛郭だったんですね。しかし!

後を振り返ると住居の跡。窓が割れてちょっちホラーちっく。
怖くて覗きに行けません((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
鉄道会社かダム関連の宿直所だと思うんですけど……

この先、川の方まで行けそうですが、戻って史跡保存館に行きます。

もし戦いが雨であったなら……それでも馬防柵があって、連合軍が弓で打ちまくれば武田軍は負けるんじゃないですかね。

信玄が浜松まで出てきた時のお話ですね。

こちらは長篠城包囲戦の話。

鳥居強右衛門さんは男の中の男ですね。
包囲網を突破して長駆65キロを走って岡崎の家康のところに行き、窮状を訴え、応援を乞い、休んでいけという声を押し切ってお城まで戻るという凄い人!!
しかし武田方に見つかって、降伏を勧める様に強制されて磔になるのですが、援軍が来ることを叫んで、激怒した武田勝頼に処刑されてしまったのです( ;∀;)
どうする家康では歌手の岡崎体育さんが演じておられました。

合戦絵巻での長篠城。

一番左奥にいるのが総大将織田信長さん。戦況を見ております。

右から鉄砲隊の指揮を執る右から前田利家、佐々成政、その左が滝川一益。

槍をつけられた徒歩の馬場信房さん( ;∀;)合掌。

奥平家は家康の娘を嫁にもらい、結びつきを深めて、その後は豊前中津のお殿様にもなったみたいですね( ̄ー ̄)ニヤリ
おっとそろそろ飯田線の時間です。

11時27分長篠城駅発の飯田線に乗りましょう。さあ、次は……でわ。